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自発的対称性の破れ

式(23)で もう一つ注目すべきなのは、${\cal L}_G$ がゲージ粒子の質量項を 含まない点である。 実際、質量項
\begin{displaymath}
{\cal L}_M = M^2 W_\mu W^\mu \end{displaymath} (26)
は、ゲージ粒子に対するゲージ変換(16)に対し、明らかに 不変でない。 つまり、ゲージ対称性は、ゲージ粒子が質量を持つことを 禁止しているのである。 我々が知っている質量を持たないベクトル粒子は光子だけなので、 このままでは、ゲージ理論は電気力学にしか適用できない。 これは当初、理論の致命的な欠陥だと思われていた。

ラグランジアンのゲージ対称性を保ちつつ、ゲージ粒子に質量を与えることを 可能としたのが「自発的対称性の破れ」の考え方である。 基本的なアイデアは、「場の理論が無限自由度であるために、 ラグランジアンの対称性が必ずしも現象の対称性を意味しない」ことに 注目することである。 まず、ゲージ粒子とゲージ相互作用するスカラー場 (複素2次元のヒッグス場:$\Phi$)を 導入する。 ヒッグス場のポテンシャル $V(\Phi)$ が、 図-2 のような形をしている場合、  
 \begin{displaymath}
\begin{array}
{lll}
 V(\Phi) & = & \mu^2 \vert\Phi\vert^2 + \lambda \vert\Phi\vert^4\end{array}\end{displaymath} (27)
(ただし、$\mu^2 < 0$) を考える。

 
Figure 2:  ヒッグスポテンシャル
\begin{figure}
\centerline{

\epsfig {file=panf/potential.eps,width=6cm}
}\end{figure}

ラグランジアンの対称性は、このヒッグス場のポテンシャルが $V(\Phi)$ 軸の回りで対称であることを意味している。 この場合はしかし、 真空(エネルギー最低の状態)がリング状に縮退している。

実際に実現している真空はそれらの1つであるため、 それを選んだ瞬間に対称性が破れる (この真空は、$V(\Phi)$ 軸の回りの回転でリング上の別の点へ移り不変でない)。 重要なのは、この場合の真空が有限のヒッグス場 ($\left<\Phi\right\gt \equiv v/\sqrt{2} = \sqrt{-\mu^2/2\lambda}$)で満たされていることである (スカラー場をとったのは、真空と同じ量子数を持っていないと、 真空中に凝縮できないからである)。

一方、ヒッグス粒子とゲージ粒子の相互作用は、ゲージ原理で決定され、 スカラー粒子のラグランジアンで、$\partial_\mu$${\cal D}_\mu$で置き換えたもの
\begin{displaymath}
\begin{array}
{lll}
 {\cal L}_S & = & ({\cal D}_\mu \Phi)^\dagger ({\cal D}^\mu \Phi)
 - V(\Phi)\end{array}\end{displaymath} (28)
から導かれる。 重要なのは、図-3 に示した相互作用である。

 
Figure 3:  ヒッグス場とゲージ場(W)の4点ゲージ相互作用
\begin{figure}
\centerline{

\epsfig {file=panf/wwhh.eps,width=3cm}
}\end{figure}


この図でヒッグス場の部分($\Phi$)をその真空期待値 ($v/\sqrt{2}$)で置き換えると、
\begin{displaymath}
\left( \frac{gv}{2} \right)^2 W_\mu W^\mu\end{displaymath} (29)
型の質量項が現れる。 つまり、ゲージ粒子 $W_\mu$ が、
\begin{displaymath}
M = \left( \frac{1}{2} g v \right)\end{displaymath} (30)
なる質量を獲得したことになる。 質量のないベクトル粒子には縦波成分が無く自由度は2であるが、 質量を獲得すると縦波成分が生じ自由度が3になる。 この余分の自由度は、ヒッグスポテンシャルの 平らな方向の(従って質量を持たない)ヒッグス場の 自由度(図-2)によって供給される。 平らな方向の自由度は破れた対称性の数(その方向への変換の 生成子の数)だけある。 何故ならその方向への変換で真空は不変でないからである。 この自由度を通常ゴールドストーンモードと呼ぶ。 平らでない方向の自由度は質量を持った物理的 ヒッグス粒子となる。 このヒッグス粒子の質量は、ポテンシャルの曲率で決まり、  
 \begin{displaymath}
m_H = \sqrt{2\lambda} v\end{displaymath} (31)
で与えられる。

以上の質量生成機構は、直観的には次のように解釈できる。 質量とは、加速されにくさを表す量である。 真空に凝縮したヒッグス場の海の中で、ゲージ粒子を加速しようとすると ヒッグス場にぶつかって抵抗を受ける。 この抵抗はゲージ場が1個のヒッグスと衝突する頻度を表す 結合定数(g)と、真空中のヒッグスの密度(v)に比例するはずである。 従って、
\begin{displaymath}
M \sim g\mbox{(衝突頻度)} \times v \mbox{(ヒッグスの密度)}\end{displaymath} (32)
となる(図-4)。

 
Figure 4:  ヒッグス機構による質量生成
\begin{figure}
\centerline{

\epsfig {file=panf/higgs.eps,width=6cm}
}\end{figure}

このような質量生成機構を「ヒッグス機構」と呼ぶ。

ゲージ粒子の質量だけでなく物質粒子の質量も、ヒッグス機構で生じると するのが標準理論の考え方である。 実は、標準理論の場合、物質粒子もラグランジアンの段階では質量を 持てない。 ラグランジアン(24)で、質量項  
 \begin{displaymath}
{\cal L}_m = - m \bar{\Psi} \Psi\end{displaymath} (33)
が許されたのは、左巻き粒子場($\Psi_L$)と右巻き粒子場($\Psi_R$)が、 同じゲージ対称性を持つと暗に仮定してきたからである。 ただし、$\Psi$
\begin{displaymath}
\Psi = \Psi_L + \Psi_R\end{displaymath} (34)
で与えられ、 $\Psi_L$$\Psi_R$ は、  
 \begin{displaymath}
\gamma_5 \equiv \gamma^5 \equiv i \gamma^0 \gamma^1 \gamma^2 \gamma^3\end{displaymath} (35)
として、  
 \begin{displaymath}
\begin{array}
{lll}
 \left\{ \begin{array}
{lll}
 \Psi_L & =...
 ...rac{1+\gamma_5}{2} \right) \Psi
 \end{array} \right.\end{array}\end{displaymath} (36)
で定義される。 $\Psi_L$$\Psi_R$ を用いると、式(33)は、  
 \begin{displaymath}
{\cal L}_m = - m \left( 
 \bar{\Psi}_R \Psi_L + \bar{\Psi}_L \Psi_R
 \right)\end{displaymath} (37)
となる。 ここで、  
 \begin{displaymath}
\begin{array}
{lll}
 \{ \gamma_5, \gamma_\mu \} = 0 \cr
 (\gamma_5)^2 = 1\end{array}\end{displaymath} (38)
を使った。 式(37)は、質量項が左巻き粒子場を右巻き粒子場へ、右巻き粒子場を 左巻き粒子場へと、転換することを意味している。

これは、直観的には次のように説明できる。 質量を持たない粒子は常に光速で運動する。 光速で運動する粒子を追い越すことは出来ない。 一方、質量を持った粒子は追い越せる。 追い越してからその粒子を見ると、 運動方向が逆転するので(スピンの向きはそのまま)、 右巻きと左巻きが入れ代わる。 追い越せなければそのままである。

さて、質量項が右巻きと左巻きを転換するのに対し、 ラグランジアン(24)の物質粒子場を含む他の部分  
 \begin{displaymath}
{\cal L}_p = \bar{\Psi}_L i \not{\! {\cal D}} \Psi_L
 + \bar{\Psi}_R i \not{\! {\cal D}} \Psi_R\end{displaymath} (39)
は右巻きと左巻きを混ぜ合わせることはない。 そこで、質量項が無ければ、 右巻きと左巻きに対して、別々の位相変換を施しても、 ラグランジアンは不変となる(カイラル対称性)。 つまり、右巻き粒子場と左巻き粒子場とは、別の粒子と見なせ、従って、別の 対称性を持たせられる。

逆に、右巻きと左巻きが、別々の対称性を持つためには、 ラグランジアン中の物質粒子の質量項は禁止される。 標準理論は、まさにそのような理論であって、 式(12)に示した2重項に属するのは、 左巻き粒子(添字の L)のみで、対応する右巻き粒子は1重項 に属している。 現実の物質粒子は質量を持っているので、ラグランジアンのゲージ対称性を 保ったまま物質粒子の質量を導入するには、ヒッグス機構が必要となるのである。

重要なのは、ゲージ粒子の質量生成はヒッグス粒子とゲージ粒子の間の 普遍的なゲージ相互作用によるものであるのに対し、 物質粒子の質量生成には、ヒッグス粒子との間に湯川相互作用と呼ばれる 新たな相互作用を導入しなければならない点である。 この湯川相互作用は、物質粒子の質量生成や混合を引き起こすが、 ゲージ相互作用のような必然性を持たないので、測定された 物質粒子の異なる質量や混合角に対応して粒子の数や、混合角の数だけ 異なった結合定数を仮定しなくてはならない。

まとめると  
 \begin{displaymath}
\begin{array}
{lll}
\begin{array}
{lll}
\mbox{ゲージ対称性} ...
 ...押璽故鎧劼よび物質粒子の質量生成} ~~~~~~\end{array}\end{array}\end{displaymath} (40)
となる。


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Keisuke Fujii
5/2/2000