タイルファイバー型サンプリングカロリメータ

私の所属するグループでは、GLC実験に向けた タイルファイバー型カロリメータの研究・開発を進めています。 以下このタイルファイバー型カロリメータについて概略を説明します。


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基礎知識の復習

 別のページに測定器全般の基礎知識が書いてあったと思いますが、 一応ここでも簡単に説明しておきます。

 高エネルギー実験におけるカロリメータとは、 「シャワー」と呼ばれる現象を利用して粒子のエネルギーを測定する装置です。 高いエネルギーの粒子が物質に入射すると、 物質の原子核と相互作用をして粒子の数がネズミ算式に増えていきます。 この時一個一個の粒子のエネルギーは逆に急速に減って行きます。 エネルギーが小さくなりすぎると粒子の数を増やすような相互作用は起こらなくなり、 替わって粒子を吸収したり止めたりするような相互作用が起こるようになります。 このため粒子の数はある時期を境にして急速に減っていき、 ついには粒子は消えて無くなります。 これが「シャワー」です。

 このシャワー中の粒子の総数を数えることで、元々の入射粒子のエネルギーがわかります。 この数え方(数えるために使う物質の種類)によって、 カロリメータは幾つかの種類に分類されます。 既に別項で例が挙げられていたとは思いますが、例えば 等があります。 ここで説明するタイルファイバー型カロリメータは、 最後のプラスチックシンチレータの発光を用いたものに分類されます。



タイルファイバー型サンプリングカロリメータの説明

1.概要

 プラスチックシンチレータを発光体として用いたサンプリングカロリメータは、 シンチレータからの光をどのように読み出すかによって、幾つかのバリエーションに 分かれます。 最近は波長変換ファイバー(WLSファイバー)をシンチレータに埋め込んで 読み出すのが主流で、これをタイルファイバー型カロリメータと呼びます。 つまり、シンチレータのタイルをファイバーで読み出す、という意味です。 通常「タイル」というと正方形に近い形を思い浮かべる事が多いのですが、 ここではあまり厳密な区別はせずに、 細長い形のシンチレータ板に一直線にWLSファイバーを埋め込んだ タイプのものもタイルファイバー型に含めることにします。
 これに対して「シャシュリック型」( LHC-b, Phenix, HERA-B 等参照)と呼ばれるカロリメータも プラスチックシンチレータをWLSファイバーで読出しますが、 構造があまりに異なるため、通常タイルファイバー型には含めません。

この型のカロリメータを用いている代表的な実験には、以下のようなものがあります。  以下では上記の実験の具体例を見ながら、タイルファイバー型カロリメータの 仕組みを見ていきます。

 上記の実験ではそれぞれの条件・目的に合わせて工夫を凝らし、 少しずつ違ったデザインを採用していますが、まずはタイルファイバー型の パイオニアともいえるSDC実験を見てみます。 この実験は不幸にして途中で取りやめになりましたが、そこで研究・開発された 数々のアイデア・技術は、現在の実験で重要な役割を果たしています。 ちなみにSTAR実験は、このSDCカロリメータと同じ方式のデザインになっています。

 SDCデザインのタイル(プラスチックシンチレータ板)は右図のような形状をしています。 この図は "SDC Technical Design Report", 1 April 1992, SDC-92-0201から転載しました。
 ほぼ正方形のタイルの外周に沿って溝が掘ってあり、そこにWLSファイバーが埋め込まれています。 このWLSファイバーはタイルの辺上の切り欠きからタイル外に出て、 クリアファイバーにつなぎ換えられ、タイル面の法線方向に走って測定器外に出て、 光電子増倍管などの光検出器に接続されます。
 シンチレータを荷電粒子が通過すると青色の光が発生します。 この光の一部はタイルの中を反射を繰り返しながら伝わり、WLSファイバーに到達します。 WLSの中の色素がこの青色の光を吸収して、緑色の光を再放出します。 この緑色の光の一部はファイバーの中にトラップされ、 全反射を繰り返しながらファイバーの中を伝搬し、 最終的に光検出器に到達し、電気信号に変換されます。
 光をWLSファイバーの中で再発光させることにより、 光を(一部とはいえ)ファイバーの中にトラップすることが出来ます。 もしこの再発光がなければ、WLSファイバーに到達した青色光は 単に素通りするだけに終わってしまいます。

 下図はこのようなタイルと鉛板が何層にも積み重ねられてできあがった STAR実験のバレルカロリメータの写真です。 この写真は "STAR EMC TAC Review", October 2000 から転載しました。 タイルから引き出されたファイバーが、 積層の側面を這って上方(衝突点から遠い方向)へと向かう様子が分かります。
 このSTAR実験の場合はタイルから光検出器までの距離が短いため、 クリアファイバーへのつなぎ換えをする必要はなく、 直接WLSファイバーが光検出器まで伸びています。 これに対してタイルから光検出器までの距離が長い場合には、 WLSファイバーでの緑色の光の減衰が大きくなるため、 一旦クリアファイバーにつなぎ換えることが必要になります。

 このSDCタイプのタイルファイバーとちょっと違うタイプのタイルファイバーの方が、 現在では広く用いられています。 上記の実験の例では、CDF実験、CMS実験、GLC実験がこの方式を採用しています。 本当はGLC実験を例にとって説明したいのですが、 あいにくまだテストモジュールでのスタディを進めている段階ですので 適当な例がありません。 そこでこの方式を最初に実際の実験に採用したCDF実験を例にとって、 具体的に見てみましょう。

 右図はCDF実験のエンドプラグカロリメータの断面図(GEANT出力)です。 この図はCDF-note-4741 "A Detailed GEANT Description of the CDF-II Plug Upgrade Calorimeter" から転載しました。 鉛の板とプラスチックシンチレータが積層されていますが、 よく見るとその他にもう1枚プラスチックの板が挟んであることが判ります。 これはクリアファイバーの通り道です。 上述のSTAR実験の場合は ファイバーはシンチレータ板や鉛板と垂直の方向に走って光検出器に向かいましたが、 CDF実験の場合はファイバーはシンチレータ板等と平行に走って光検出器へと向かいます。 この通り道が先程のプラスチック板です。
 これを拡大して見ると、 例えば下図のようにこのプラスチック板には溝が切ってあり、 そこにクリアファイバーを収容するようになります。 この図はCMSのバレルハドロンカロリメータの例で、 "HCAL RBX PRR Overview" by J.Freemanより転載致しました。

 このような構造をとることによって光学系と構造系を分離する事ができ、 測定器の設計の自由度が増え、組立がやり易くなります。 またタイル間の隙間が非常に小さくなり、 不感領域を最小限にすることができます。 これに対して余分な板の分平均密度が下がり、 シャワーの広がりが大きくなってしまう等のデメリットもあります。



 上記の2つの具体例の他にも、タイルの2辺にWLSファイバーを結合させるタイプ (ATLAS実験やLHC-b実験)等もあり、 どのような光学系のレイアウトが最適であるかは、 実験毎の諸条件(予算も含む)で決まってくることになります。


2.性能

カロリメータの性能において双璧とも呼ぶべき重要なものは、
  1. 1粒子エネルギー分解能
  2. グラニュラリティ
の2点です。 加えて構造に起因する性能制限要因として
  1. 不感領域
  2. カロリメータ前物質量
もまた極めて重要です。 以下これらの性能を順に見ていきます。

a.1粒子エネルギー分解能

 入射粒子のエネルギーを精度良く測定することは、 カロリメータの基本中の基本と言えます。 サンプリングカロリメータの場合、 エネルギー分解能は主としてサンプリング揺らぎによって決まります。 これはエネルギー分解能の統計項として現れます。 統計項にはこの他に光子統計の揺らぎも効いてきますが、 通常カロリメータを設計する時には 光子統計が性能を劣化させることが無いように注意して光学系を設計します。 またエネルギー分解能の定数項についても同様に、 これが性能を左右することが無いように細心の設計・調整をします。 従って結果的にこのサンプリング揺らぎが カロリメータの性能の最重要因子になるというわけです。

 右図にパイオンに対するエネルギー分解能が サンプリングの細かさによってどのように変っていくかを示しました。 これは鉛とプラスチックシンチレータをサンドイッチにした モジュールのビームテストの結果で、 Nucl. Instr. Meth. A432 (1999) 48 から転載しました。 これからわかるように、サンプリングが粗い時には エネルギー分解能は鉛厚のルートにほぼ比例しています。 また鉛とプラスチックシンチレータで構成されるカロリメータの場合、 サンプリングをずーっと細かくしていくと、 30%弱の統計項が得られるだろうと推定されます。

 上記の例はテストモジュールの性能ですが、 実際の実験に用いる場合は
    電磁カロリメータ:   10〜20%/√E
    ハドロンカロリメータ: 40〜80%/√E
程度のエネルギー分解能が得られます。 統計項がケースバイケースで異なるのは、 測定器の設計性能が 目的とする物理と予算の兼ね合いで決まるからです。

b.グラニュラリティ

 実際の実験では1粒子が孤立してカロリメータに入射することは珍しく (そういう珍しいイベントは興味ある物理を含む可能性があり重要ではあるのですが)、 多くの場合多数の粒子が近接した「ジェット」として入射します。 これらの近接した多数の粒子を解きほぐして、 1個1個の寄与に分解することによって始めて、 前述のエネルギー分解能が威力を発揮できます。 この解きほぐしを精度良く行なうためには、 グラニュラリティと呼ばれる、 信号の読出し単位の細かさが重要になります。 またグラニュラリティの細かさは、 トラックとクラスターの対応付けやバックグラウンドヒットの除去にも 威力を発揮します。

 タイルファイバー型カロリメータの場合のこの読出し単位の大きさは、 横方向にはタイルの大きさで、 奥行き方向には主として光検出器の諸特性で決まります。

 タイルの大きさを小さくすればするほど ジェットの解きほぐし性能が良くなることは明らかですが、 幾つかの理由があってあまり小さくすることは出来ません。 主な理由は、 等です。 今までに作られた電磁カロリメータでは10cm×10cm位のサイズが大半ですが、 これに対してリニアコライダーのような超精密実験を目指す場合は これでは粗すぎると考えられています。 4cm×4cm〜6cm×6cm位を目指し、 上記の問題点を克服するためのR&Dが進められています。

 奥行き方向の読出し単位は、サンプリングカロリメータですから、 原理的にはシンチレータ1層1層まで細かくすることが出来ます。 しかしながら現実にはそのようなことがなされた例はありません。 これは、 それを実現するためには光検出器のチャンネル数が膨大になってしまい、 費用もまた膨大になってしまうことが大きな理由です。 加えてタイル1枚からの光量は小さすぎて、 良いS/Nで測ることが難しいという理由もあります。
 最近の光検出器の急速な発展により、 上記のような各層毎読み出しが夢物語では無くなってきました。 現在光検出器の最有力候補としてスタディが行なわれているmulti-channel HPD/HAPD、EBCCD(右図参照)、SiPMなどは、 各層毎読み出しを可能ならしめるに足る感度、多チャンネル性、 チャンネル単価を実現出来ると考えられています。
 このような光検出器の発展は、 シンチレータストリップアレイ型のような 新しいタイプのタイルファイバー型カロリメータをも 可能にするかもしれません。

c.不感領域

 ある種の新粒子探索においては、 イベントの運動量欠損(missing momentum)を精度良く測ることが重要になります。 このためには、カロリメータは隙間無く全方角を覆っていることが重要になります。 現実にはビームパイプ方向には必ず穴があいてしまいますが、 これはやむを得ません。 これに対して「隙間無く」の条件は、 特にバレル方向においては是が非でも達成したい条件です。
 タイルとタイルの間に隙間が空いていると、 そこは不感領域になる可能性があります。 特にその隙間が奥行き方向に揃ってしまうと、 確実に不感領域になります。 タイルファイバー型は メガタイル構造をとることによりこの隙間を非常に狭くすることが出来、 かつ揃えないようにレイアウトすることも容易で、 不感領域の最小化に優れた測定器と言えます。

d.カロリメータ前物質量

 粒子がカロリメータに入射する前に相互作用をしてしまうと、 測定の精度が悪化します。 このため上流の測定器群では、極力物質量を減らす努力をします。 これは単にカロリメータのためだけではなく、 殆どの測定器はその上流の物質量・それ自身の物質量を減らした方が測定精度が上がります。
 カロリメータの中にはある種の容器を必要とするものがあり、 その容器の物質量が測定精度の悪化を引き起こす場合があります。 幸いにしてタイルファイバー型はそのような容器を必要としないため、 前物質による影響を最小限にすることが出来ます。


 以上のようにタイルファイバー型カロリメータは バランス良く高性能を実現でき、 かつリーズナブルなコストで製作できる 優れた測定器と言え、 その結果多くの実験で採用されることとなっています。


3.参考資料・参考文献

 論文検索ですぐ出てくるような論文は各自で探して頂くとして、 ここではもっと実地の参考資料等を挙げておきます。

 手っ取り早く大まかな知識を知りたい場合は、 Calor Conferenceの発表を見るのが良いでしょう。
 タイルファイバー型カロリメータを作って見ようと思ったら、 以下のメーカーから材料を購入出来ます。
 でも材料だけ買ってもノウハウが無いと作れません。 ノウハウは以下の大学・研究所で教えて貰えるでしょう。

4.その他

 今のところは特にありません。


yoshiaki.fujii@kek.jp, 1-July-2003