JLC-FFIR(稲取)ワ−クショップの概要

最近、リニアコライダ−についての国際会議が、加速器関係だけでなく物理も含めて頻繁に 開催されるようになった。これら国際会議で特徴的なことは、加速器屋と物理屋が共通のテ −ブルにつき、親密な議論を通じて交流を深めていることである。日本でもここ3年ほどの 間、JLC準備会(約2ケ月に−回)、そしてJLCワ−クショップ(年−回)で同様の交流を深 めている。今回のJLC-FFIRワ−クショップは、加速器屋と物理屋両方の関心の最もある最終 収束系(FF)と衝突点付近(IR)のいろいろの問題に集中して議論し、互いの認識をさらに深め ることを第一の目的として開かれた。

今回のワ−クショップは、眼前に伊豆七島の望まれる海岸沿いのKKR稲取で、11月25日〜 27日の間開かれた。ほぼ開催の全3日間天気は快晴に恵まれ、屋内の会議室で議論するの がもったいないほどであった。高エネ研をはじめとして、8つの大学、研究所から加速器屋 物理屋ほぼ同数の全39名の参加があり、温泉に一緒にはいり寝食を共にした親密な交流が あった。

ワ−クショップの中味は、3日間通じての3つのレクチャ−、それぞれのテ−マごとの15 のト−ク、そして夕食後の2回のディスカッションより成っていた。このト−クの中には、 現在話題中の『LEPでのl+l-ggイベントについて』の飛び入りのものがあった。これは直接ワ −クショップの主旨とは関係ないが、その時高エネ研でこのggイベントに対してのトリスタ ン・エネルギ−スキャンの可能性について盛んな議論がなされており、参加者多くの強い関 心があり、急遽プログラムに組み込まれたものであった。また、通常のワ−クショップでレ クチャ−があるのは珍しいが、今回のものは参加者の間でひじょうに評判がよかった。非専 門家を聞き手としてレクチャ−(SUSY理論、最終収束系オプティックス、JLCパラメトリゼ− ションとビ−ムビ−ム相互作用)が準備されていたことと、数時間という短時間の中で、そ れぞれの基礎から最先端の知識まで聞くことのできることが好評の原因であろう。梶川氏( 名大)によるまとめの中で強調されたように、このようなレクチャ−は、これからリニアコ ライダ−に関心を持とうという若手および大学院生にとって格好の入門となるため、このワ −クショップの目玉商品として次回以降残していきたいものである。

参加者全員が同じ旅館に宿泊しワ−クショップの場所も同じであるためか、又は世話人(山 本昇、田内)の熱意のためか、午前9時より夕食後午後10時までぎっしりと詰まった「充 実」したワ−クショップであった。しかしながら、参加者の何人から会場の周りを楽しむ自 由時間がもっとほしいとの声が聞こえた。世話人の一人として次回のワ−クショップでは、 エクスカ−ションの時間をプログラム中に何とか入れたいと思う。

さて、ワ−クショップの内容であるが、先ずこのワ−クショップのスポンサ−の科研費(一 般C)代表でもある横谷氏(KEK)のあいさつより始まった。JLCの事始めは、1979年の ICFAセミナ−に日本から木村らが参加したことであるが、その後、1983〜1986年頃 に高田、新竹、福島(靖)、松本、横谷、吉岡ら十数名によるレーザートロンの開発、高電 界進行波加速管の実験、ビームダイナミクスの理論的研究などにつながった。さらに198 6年の高エネルギー委員会の答申を受けて、それが発展的に解消し、いくつものサブグル− プができ、現在のJLCワ−キンググル−プの基礎ができた。このワ−クショップの母体でもあ る最終収束系・衝突点グル−プは、1992年3月SLACで開かれたFFIRワ−クショップ(IC FA主催)を契機として作られ、当初より加速器屋と物理屋の混成グル−プであった。とにか く現在のJLCワ−キンググル−プは、その事始めの時とは比べようもないほど大きくなり、J LCの実現を目指して着実に開発・研究の進んでいることが感慨深く語られた。以下に、レク チャ−、ト−クそれぞれの内容についてできるだけ簡単明瞭に伝えたい。

レクチャ−

(a)SUSY理論(村山氏、東北大)

レクチャ−は、先ず標準理論(特に電弱相互作用)およびその確立の過程の詳しい紹介より 始まった。このレクチャ−の特徴は『疑問文』より大抵の場合始まることで、聞き手にとっ て常に問題意識がどこにあるのかが明らかで、内容のホロ−が容易なことである。しかも、 結論が付いていたのもわかりやすかった。例えば、「標準理論で何がどこまでわかったか? 」、「W/Zはゲ−ジボゾンか?」、「標準理論でどこまでいけるか?」、SUSY現象論「どうし てこんなかけ離れたscaleが2つあるのか(hierarchy問題)?」、「輻射補正(発散)を押 さえるために新粒子?」、「なぜSUSY粒子は重い?」、「どうしてSUSYは破れているか?」 、「Supersymmetryはいつ見つかるか?」など。ここでは、SUSY理論の動機とSUSYの破れにつ いてレクチャ−にしたがって紹介する。

一般に、ある理論の限界を知りたい時、その高エネルギ−での振る舞いを調べれば検討つく ことが多い。その具体的な例はW+W−散乱断面積で、スカラ−粒子(ヒッグス粒子)がな いと高エネルギ−でユニタリティ−限界を越える。これは標準理論でのスカラ−粒子に物理 的存在意義を与えている。同じように、標準理論中のゲ−ジ結合定数(ai)、ヒッグスの自己 結合定数(l)、湯川結合定数(yt)、そしてヒッグス質量パラメ−タ−(mu、mWのスケ−ルでmH2 =−mu2)について高エネルギ−での振る舞いを調べる。3つのゲ−ジ結合定数(a1,a2,a3)は高 エネルギ−(〜1014GeV)で同じ大きさになるように見え、力の統一を示唆している。lは発散 し、yt(トップクォ−クの湯川結合定数)はヒッグスポテンシャルを不安定にするため、ヒ ッグスとトップクォ−クの両質量に上限を付ける。lの発散する所が新しいエネルギ−スケ− ル(標準理論の適用限界)に対応していると考えられている。最後のパラメ−タ−のmuはエネ ルギ−に比例して大きくなっていくため、統一(GUT)理論の立場に立つと、GUTスケ−ル(L )での初期値をfine tuningしないとmWのオ−ダ−の大きさになれない。この時、L=10^14GeVと するとmW^2/L2^=10_24のfine tuningが必要となり、不自然(naturalnessの問題)に見える。 muに対する輻射補正(1ループ)でも同様なfine tuningが現われる。このnaturalnessの 問題を解決するものとしてSUSY理論が提唱された。この他にテクニカラ−理論に代表される compositeモデルもこの問題を解決するが、トップクォ−ク質量が大きいことなどにより 困難に面している。

SUSYが破れていることは、SUSY粒子が通常粒子より重く未だに発見されていないことからわ かるように明白である。SUSYの破れの大きさはnaturalnessからの要請でO(TeV)以下である。 しかしながら、「どうしてSUSYは破れているか?」は10年来の大問題で未だ自然な解答は ない。説明しなくてはいけないことは、SUSYを破る質量の大きさ(<O(TeV))がプランク質 量(mpl~10^19GeV)に対してひじょうに小さいことである。SUSYを破るパラメ−タ−は、(1 )mo−universal scalar mass(ス粒子に共通の質量)、(2)M−universal gaugino mass、(3)A−各々の湯川結合定数に比例するスカラ−3点結合定数、(4)B−ヒッグス のミキシング質量をあたえる定数、の4つで、それに元々のヒグジ−ノ質量muを加えた5次元 のパラメ−タ−空間で、SUSYは記述できる。これら5つのパラメ−タ−はGUTスケ−ルのもの で、くりこみ群方程式を使うことによりweakスケ−ルでのSUSY(例えばSUSY粒子の質量、そ れらの結合定数、ヒッグスポテンシャル、tanbなど)をすべて表現できる。逆に、このくり こみ群を使うと、JLC等によりSUSYパラメ−タ−が決定されたなら、GUTスケ−ルでの物理の 描像が浮かび上がってくる。

SUSY理論では、いろいろのSUSY粒子の質量にはその上限がO(TeV)以下であることが要求され るが、少なくとも−つのヒッグス粒子の質量が150GeV以下でなければならないという強い 予言がある。このことが、重心系エネルギ−300GeVのリニアコライダ−の必要性の大きな 動機の一つになっている。

(b)最終収束系の光学(生出氏、KEK)

すぐにでも出版できそうなレクチャ−ノ−トが事前に準備されており、生出氏のこのレクチ ャ−にかける熱意がヒシヒシと伝わってきた。最終収束系の光学が単粒子力学より定式化さ れており、この分野の教科書といっていいだろう。内容の詳細はこのノ−トを参照してもら うこととして、直接最終収束系に関した部分を紹介したい。

リニアコライダ−のルミノシティ−を高くする方法として、単純に粒子数や繰り返しを上げ ればいいように思える。しかし、現実問題として電力そして衝突時のビ−ムビ−ム力に制限 を付けると、「ビームを絞る以外にルミノシティ−を高くする方法はない」。しかも、一方 のビ−ムサイズだけ絞った方が同じ困難で高いルミノシティ−をもたらすなど、偏平ビーム が丸いビームより有利である。ビ−ムビ−ム力は、シンクロトロン放射(ビ−ムストラルン グ)を通じエネルギ−損失、エネルギ−幅の拡がり、電子陽電子対生成など望ましくない現 象をひきおこす。また、偏平ビームはこのビ−ムビ−ム力を小さくできる。実際、将来のリ ニアコライダ−では、1対100程度の偏平なビ−ムが用いられる。

最終収束系の設計で第一義的に問題となるのは、4極磁石の色収差によるビ−ムスポットサ イズの増大である。これはビ−ムのエネルギ−の拡がり(d)に比例して、スポットサイズが 大きくなるもので、JLCの場合この比例係数(色収差係数)が40000とひじょうに大きく 、d=4.6x10^-3のため無補正の時スポットサイズが180倍に拡大されてしまう。通常、色収 差補正は水平、垂直のそれぞれの方向に対して、6極磁石の非線形を消しあうように互いに 反転変換(−I変換)にある2つの6極磁石、したがって2組の6極対でおこなわれる。これ ら6極磁石は偏向電磁石で作られる水平分散のある場所におかれる。このようにして線形の 収差はなくすことができるが、6極磁石の厚さからくる幾何収差、エネルギ−の拡がりをも ったビ−ムに対する反転変換の不完全さからの色幾何収差など高次の収差は残る。これらを 少なくするためには、6極を弱め水平分散を大きくしなければならない。偏向電磁石でのシ ンクロトロン放射を少なくし水平分散を大きくするためには、最終収束系全体の長さを長く しなければならない。この結果、JLC-Iではビ−ムエネルギ−250GeVの時ビ−ム当り600mを要 する。このように最終4極磁石までの色収差は制御されるが、6極磁石と最終4極磁石の間 で発生するエネルギ−の拡がりによる色収差は原理的に補正できない。このエネルギ−の拡 がりの源は、6極磁石の所で必要な分散を吸収すために置かれる偏向電磁石、そして最終4 極磁石自身からのシンクロトロン放射で、JLC-Iではビ−ムスポットサイズに10%ほどの寄 与を与えている。また高次の収差からの寄与は約15%である。最終4極磁石からのシンク ロトロン放射によるスポットサイズの下限を「生出リミット」といい、将来のTeVを越えるリ ニアコライダ−にルミノシティ−の上限をつける。

このレクチャ−中、2つの言葉が強く印象に残った。シンプレクティクとカオスである。特 に高エネルギ−物理屋にとって新鮮なことばであった。通常、加速器の光学では、ある軌道 の周りの小さい変位に対する振る舞いが問題となるため、粒子の入口でのベクトル(座標と 運動量)に転送行列をかけて、出口でのベクトルを次々と計算していくことが多い。この時 、転送行列はヤコビアン行列である。位相空間内でエミッタンスを保存するためには、この 転送行列がシンプレクティクでなければならない。シンプレクティクとは、シンプレクティ ク単位行列をそれ自身に変換するもので、2行2列の場合その行列式が1となることをいう 。一次元振り子の運動の例をあげて『常識』ではもっともらしい転送行列(線形の近似式) でもシンプレクティクでないとき、振り子の振幅が保存しないことが示され、やっとその重 要性が把握できた。特にシミュレ−ションなどの数値計算にとって、その結果の信頼度を保 証する概念として重要であろう。カオスはこの振り子の運動をシンプレクティクな転送行列 を用いた数値計算の中で出現した。カオスとは、位相空間のある領域中で粒子の軌跡が予言 不能であることをいう。もちろん元々の振り子のハミルトニアンにはカオスはなく、転送行 列を作るときに「1自由度の時間依存性のないハミルトニアンを時間に依存するハミルトニ アンで近似したことから生じた」ものである。

(c)ビ−ムビ−ム相互作用とリニアコライダ−の最適化(横谷氏、KEK)

このレクチャ−は他のものと違って2つのテ−マより成り立っており、それぞれ豊富な内容 をもち4.5時間という限られた時間内でこなすのは、ひじょうに難しい。 しかしながら、横 谷氏は要領よくまとめられ、その歯切れのいい口調とともにテンポのある明解なレクチャ− であった。世話人の欲張りな要求をみごとに満たしていただいた。

さて内容であるが、ビ−ムビ−ム相互作用については少し加筆されているが KEK preprin t 91-2,April 1991,"Beam-Beam Phenomena in Linear Colliders",Lecture at 1990 US-CERN-School on Particle Accelerators,がレクチャ−ノ−トとして配布された。 したがって、詳細はそれを参照して下さい。

リニアコライダ−でのビ−ムビ−ム相互作用の最大の特徴は、ナノメ−タ−のオ−ダ−に絞 られた時にビ−ムによって作られる強い電磁場により、相手側のビ−ムが粉砕されるほどの 多大の影響を受けることである。この電磁場の大きさはキロテスラのオ−ダ−に達し、量子 効果を入れたシンクロトロン放射(ビ−ムストラ−ルング)によるエネルギ−損失を考慮し なければならない。また、この強い電磁場中でビ−ムストラ−ルング光子は電子陽電子対生 成を行う。このようにビ−ム自身が大きく変形したり粉砕されたりすること、そしてビ−ム ストラ−ルングを定量的に記述するためには、シミュレ−ションの必要であることが強調さ れた。

JLCのような偏平ビームの場合についてABEL(Analysis of Beam-beam Effects in Linear Colliders)を用いたシミュレ−ションの結果、ビームの変形によるルミノシティ−の増大は 高々2倍程度であること、2つのビ−ム軸の垂直方向のずれが光学で決まるビームスポット サイズの3〜5倍程度あってもルミノシティ−の低下は少ないこと、ビーム重心の蹴られる 角度が2つのビームのずれにほぼ比例して大きくなるため、この角度の測定がビーム相対位 置のモニターとして使用できる可能性のあることなどがわかった。2つのビームの多バンチ 間(通常50〜90バンチ/RFパルス)の相互作用によるスポットサイズの増大を防ぐため 、少なくとも数ミリラジアン程度のビーム交叉角が必要であることなど、リニアコライダ− でのビ−ムビ−ム相互作用の全体像がこのレクチャ−から得られた。

リニアコライダ−の最適化では、その上流より(1)ダンピングリング、(2)最初のバン チコンプレッサ−、(3)Intermediate(入射用)リニアック、(4)2つ目のバンチコン プレッサ−、(5)主リニアック、(6)最終収束系、そして(7)衝突点の各構成要素が 密接に関係し合っている。今回のレクチャ−は主リニアックについて行い、他の構成要素に ついては入力パラメ−タ−として扱うが、衝突点についてはすでにビ−ムビ−ム相互作用の レクチャ−で述べた。リニアコライダ−の最適化は、上のすべての構成要素からの多数の制 限の下にルミノシティ−を最大にするように行われる。実際には、これら制限として簡単化 された式を用いコンピュ−タ−で最適化している。

主リニアック中でのビーム力学は、縦方向(縦力学)と横方向(横力学)の2つの力学にわ けられる。JLC-Iの場合、主リニアックへの入射エネルギ−は20GeVで、250GeVまで加速され るが、約10kmのリニアック後の光との到達距離の差は0.2micron m程度である。バンチ内のエネルギ −の拡がりのよるそれに対応する距離の差は0.2x1%=0.002micron mであり、約80micron mのバンチ長と比 べて小さく、バンチ内の縦方向の座標(z)はビーム力学に対して定数として扱ってかまわない。

縦力学での第一の問題は、ビームが数千個に上る加速セルの中を通る間に働くセルとの相 互作用である。この相互作用は、ビームと無限個のセルの縦ウェ−ク場でよく近似され zの平方根に比例し、バンチ内にエネルギ−の拡がりを与える。最終収束系と物理からの要請 で、エネルギ−拡がりの大きさに制限を付けると、それに対する補償の仕方が決まる。一般 に、この補償はバンチ当りの粒子数(この分布はガウス分布を仮定する)、そしてRFパルス とのタイミング(バンチの後方を前方に比べてより多く加速する)で行われる。バンチ内の エネルギ−分布は、その上限と下限に2つのピ−クを持つ特徴あるものとなる。ビームエネ ルギ−250GeVのJLC-I(c-band)の時、エネルギ−全幅0.15%〜0.8%に対して3.6〜9.7x10^33cm^2 /secのルミノシティ−となる。多バンチのエネルギ−補償は、RFパルスのフィリング時間( Tf=297nsec)と減衰係数(t=0.57Tf)を考慮したTransient BeamLoadingの方法による。 この方法は、任意の数のセルへのRFパルスの供給開始時間と先頭バンチとのタイミングを調 整して、後に続くバンチのエネルギ−を補償している。このようにして単バンチと同じエネ ルギ−の拡がりが得られる。また、この補償によって得られるエネルギ−全幅は、バンチ当 りの粒子数に比例するため、例えば、JLC-Iの場合 0.1%のエネルギ−全幅を得るためには、 粒子数のゆらぎを0.4%以内に押さえなければならない。

横力学では、光学効果とウェ−ク場効果の2つを考慮しなければならない。最初の光学効果 とは、入射条件、4極磁石の設置などの誤差、そしてビームと光学系の不一致なのがビーム のエミッタンスを増大させることである。一般に、ビームは位相空間の一つの楕円の塊の状 態で表されるが、ビームと光学系とが『一致』とは、それぞれの楕円の大きさ、2つの軸、 中心(位相空間の座標原点)が等しいことである。この楕円の面積をエミッタンスという。 JLC-I(c-band)の主リニアックの b振動総数(n)が169もあり、ビーム自身が有限のエネル ギ−拡がり(d=O(1%))を持つため、ビーム軌跡はリニアック出口でその楕円内をほぼ埋め 尽くしてしまう。このnとdとを掛け合わせたものを色拡がり(chromatic spread)といい、 JLC-Iではオ−ダ−1(169xO(1%)=O(1))の大きな値をもつ。もし、上述の誤差などがあり、 ビームの塊が位相空間中ミスキックされると、この塊は座標原点より離れた所に跳びはね、 色拡がりのためすぐに円弧を描き始める。これをフィラメンテ−ションという。大きな色拡 がりを持つJLC-Iでは何も補正しないなら、リニアック出口で円弧が全周にひろがり、エミッ タンス(円弧で囲まれた位相空間の面積)の増大がおこる。このように補正のない場合、こ のミスキックの大きさが直接のエミッタンス増大分となり、その原因の誤差の許容範囲を決 める。ここで最も問題となるのは、総数千台を越える4極磁石の振動であり、速いフィ−ド バックの可否でその振動振幅の許容範囲に大きな違いが出来てくる。フィ−ドバックとは、 位相空間中跳びはねたビームの塊を調整により元の座標原点の周りに戻すことである。 速いフィ−ドバックのかからない(30msecよりも速い振動)、したがって補正の効かない場 合には、垂直方向の振動振幅(YQrms)の許容範囲は10nm以下とひじょうに小さい。速いフィ −ドバックは、フィラメンテ−ションの成長の十分小さい時に行われなくてはならないため、 主リニアック中数箇所必要である。この時、エミッタンス増大を10%にする許容範囲は、YQrms < 3micron mと大幅に緩和される。この程度の補正は十分に可能で、具体的な方法、たとえば4極磁石 の強さを変えるなど、がいろいろと提案されている。

次に、ウェ−ク場効果を単バンチと多バンチのそれぞれの場合について簡単に紹介する。 この横方向のウェ−ク場はビームと加速キャビティ−と相互作用でつくられる。これも光学 効果と同じようにエミッタンスの増大をもたらす。単バンチでは、バンチの先頭で作られた ウェ−ク場が後方に影響するもので、いわゆる尻尾を振る現象として現われる。これに対す る補正は、バンチのzに比例したエネルギ−の拡がりを付けて行われ、BNSダンピングといい、 すでにSLCで実証済みのものである。 その他4極磁石や加速セルのビーム軸に対する誤差からもウェ−ク場がつくられるが、それ ら垂直方向の誤差の許容範囲は10micron m程度である。ウェ−ク場の減衰が遲いとき、後に続くバ ンチにも影響を与える。このような多バンチに対してはウェ−ク場の符号が一定でないため 、BNSダンピングは働かない。これを補償するものとして、次に示す2種のキャビティ−が考 えられる。一つは、そのQ値を小さくして次のバンチの来る前にウェ−ク場を減衰させてし まうダンプト(Damped)キャビティ−で、x,c-bandに対してそれぞれ19,34のQ値がデザイン値 として得られている。もう一つは、ウェ−ク場の振動数を加速セルごとに変え、コヒーレン トに足し合わせて消してしまうデチュ−ンド(Detuned)キャビティ−で、デザイン値として1 %の減衰が得られている。最近、KEKの新竹氏より新しいアイデアが考案された。これはチョ −クト(Choked)キャビティ−といい、ウェ−ク場をほぼ完全にスリットより外へ逃がすが、 加速場はチョ−ク構造で逃げるのを防いでいるもので、その原理や構造がひじょうに簡単で あるため有力なものである。

トーク

ト−クの多くは、衝突点でビームをできるだけ安定に衝突させ、高いルミノシティ−を得る ためにどのようなことが問題となり、どうすればいいのかについての内容であった。この問 題は大別して、(1)地殻振動、地震などによるリニアックの振動(竹田繁、小川雄二郎) と、それに対する最終収束系での対策(山本昇)、(2)実験に対するバックグランド(田 内、波戸芳仁、宮本彰也)とコリメ−ション(生出勝宣、田内)、そして(3)ビ−ムモニ タ−(早野仁司、新竹積)とインストルメンテ−ション(峠暢一)である。この他に、QC1( 最終収束4極)磁石やマスクなど総重量約10トンのものの衝突点でのサポート(大森恒彦 )、ハドロンアテネ−ションとミュ−オンの物質との相互作用(浅野侑三)、そして、光子 光子衝突器の物理(遠藤一太)と電子光子変換のための自由電子レーザー(平松成範)のト ークがあった。ここでは上記の問題について簡単に紹介したい。

常微振動、体感・無感の地震、そして、月や太陽による18種類もの分潮成分をもつ地球潮 汐などによって、「加速器の足元は絶えず動いている」ことが、先ず強調された。これら地 盤振動は世界各地で測定されているが、今回はロシア、アメリカ各地、四国佐々連鉱山、筑 波山腹の東大地震研、KEK内のものが紹介された。いわゆるATL則に従うように見える地盤変 動などの低周波領域(0.1Hz以下)から、音による影響の現われる高周波領域(100Hz以上) の広い領域に渡り議論された。これらの地盤振動の特徴は、その振動数ごとに次のようにま とめることができる。前のレクチャ−の中で述べたような速いフィ−ドバックの効かない領 域である10Hz以上の常微振動成分は、KEKのような余り地盤条件のよくないところでも10nm以 下、四国佐々連鉱山のような岩盤の上では、1nm以下である。1〜10Hzでは、地下構造を反映 した周波数に主に交通等の人間活動によって励起される振動がみられ、KEKでの静かな条件で は垂直/水平方向に25nm/15nmrms、騒がしい条件では150nmに達することがある。1Hz以下では、 各種の潮汐の影響がみられ、振幅は通常で1micron m程度であるが、悪天候の時には10micron m程度になる こともある。地盤振動に対し最もきびしい最終収束系での許容範囲は垂直方向に150nm以下で あるので、防震、速いフィ−ドバックを用いることによりこの許容範囲は十分に達せられる。 また、最終収束系の各4極磁石の設置誤差の許容範囲は、ビーム軌道補正やエネルギ−分散に よらない補正により1micron m程度である。

バックグランドとして先ず問題となるのは、最終収束系の各磁石で発生するシンクロトロン 放射である。これを制御するためにビームの拡がりを制限しなけれがならない。したがって 、最終収束系の上流にコリメ−タ−が必要になるが、ビームサイズがミクロン程度と小さく 通常の方法ではビームに対する影響が多き過ぎる。このためビームのテール部分を拡大して コリメ−トする約800mの非線形コリメ−タ−が必要となる。これにより、ビームの拡がりは 垂直方向で35sy,水平方向で6sxとなる。コリメ−タ−の物質としては、ビームのミスキック の時、融解温度の高く表面の温度上昇の小さい質量数の小さいものが最適であり、カ−ボン が最有力候補である。このコリメ−タ−より発生する高エネルギ−のミュ−オンもバックグ ランドとなる。これをビーム軸回りの半径16cm程度の中に閉じ込め、エネルギ−損失により 吸収するため方位角方向に2つの逆向きに磁化した鉄パイプを用いることが提案された。こ の方法をミュ−オンアテネ−ションという。また、最終収束系の真空度については、ビーム と残留ガスとのク−ロン散乱によるビームテール部の最形成を小さくするために、10^-10tor r程度にする必要がある。ビーム衝突時に発生する電子陽電子対バックグランドに対しては、 ABELによる詳細なシミュレ−ションがおこなわれた。2テスラの測定器用ソレノイド磁場中 、0.15〜0.20ラジアンの立体角に円錐状のマスクを置くことにより、これらの粒子からの影 響を最小限にすることができた。このマスクはタングステンよりできており、これら粒子や QC1磁石との衝突から後方散乱される光子を効率よく吸収できる。ビーム軸回りの半径2cmに バ−テックス測定器を設置可能なことがわかったが、CCDなどを用いたピクセルタイプのもの が必須であることも強調された。また、ビーム衝突時には、光子のハドロン成分をもつこと により、光子光子散乱でミニジェットと呼ばれるバックグランドも発生する。これに対して JLCの測定器を仮定してシミュレ−ションが行われ、例えミニジェット1つがシグナル(ヒッ グス粒子生成等)とかさなっても、その影響は少ないことがわかった。実際には、その割合 はJLC-I (Ebeam=250GeV)で1バンチ衝突当り高々0.1と計算されている。光子のハドロン成分 についてはまだよく確定しておらず、50%以上の不確定性がある。

ビームモニターには、位置と拡がりを測定する2つのものがある。位置測定には、サブミク ロンの精度を持つものがすでに試作されている。ストリップタイプのものの精度は1micron mであり 、マイクロ波キャビティ−のものはほぼ10nmの精度をだしている。これらのものは、バンチ トレイン間の平均ではなく、1バンチ当りの位置を測定するものである。最終収束系のもの として、このキャビティ−タイプのものが最有力である。拡がり測定としてビームとのレ− ザ−コンプトン散乱を利用するものが提案されている。レ−ザ−の電場をビーム軸に平行に 、磁場を垂直にしたS偏向波を使用し、その磁場で散乱されるビーム粒子数の干渉波による 変調を測定してビームの拡がりを求める。この方法によるものは、すでにSLACのFFTB用に開 発製作され、1993年3月にそのビームラインに設置される。このFFTB用のものの精度は40nmで ある。JLC用にはYAGレーザーの4倍高調波を使い、5nm程度の精度のものが可能である。イン ストルメンテ−ションでは、ビームの位置と拡がり測定(b)、ビーム角度の拡がり測定(a )、ビームエネルギ−とその拡がりの測定による光学系の実験的検証の重要性が、ビームチ ュ−ニングと制御の観点から強調された。加速器の故障時の安全性を(加速器自身と測定器 に対して)確保するために特別な配慮が必要であり、その一つとしてコリメ−タ−部の入口 (又は出口)にビームの繰り返しの制限用としてキッカ−とビームダンプの必要なことが提 案された。また、衝突後のビームライン、ダンプの具体的な検討の必要性もビームエネルギ −やその偏向等の測定方法とからめて強調された。

光子光子衝突での物理は、「わずか」75GeVx75GeVの衝突エネルギ−で、質量150GeVまでの ヒッグス粒子が約0.3pbの断面積で作られることからわかるように、電子陽電子衝突と同じよ うに豊かである。また、ヒッグスの二光子への崩壊比を定量的に精度よく決定できること、 重い新粒子がル−プ効果として検出できることなど、電子陽電子衝突では難しいことができ るなど、それと相補的な役割を果す。高エネルギ−の光子は電子ビームとレーザーの後方散 乱で作られる。この光子エネルギ−の単色化に両方の偏極は不可欠である。レーザーの波長 は、電子陽電子対生成のしきい値以下、1TeVの電子ビームに対して4micron mで、電子ビームエネル ギ−に反比例し、そのピーク強度はビーム中のほとんどの電子と反応を起こすためテラワット 必要になる。繰り返しの150Hzを必要とするため、通常の光学レ−ザ−はその実現がひじょう に難しい。そこで、自由電子レ−ザ−(FEL)が提案された。この場合、10台のFELより成り、 それぞれのFELはエネルギ−の150MeV、3KAの電子ビームで励起される。したがって、1台の FELの強度は100GW程度必要である。ここで、FELの電子ビームエネルギ−のレーザーへの変換 の効率は10〜20%である。通常、このFELの効率には飽和があり、一定のウィグラ−波長のFEL の場合、計算上5.4GWでその飽和に達してしまう。この飽和領域を拡長するものとして、ウィ グラ−波長を飽和領域で減少させるテイパ−ドウィグラ−があり、これを用いると100GW達成 できそうである。この方法の具体例として、LLNLで180MWのFELを1GWにしたことが報告されて いる。現在のところ、まだ最適化されていない簡単な計算の段階でテイパ−ドウィグラ−に より60GWが得られている。テラワットのFELを実現するには、100GWのものを10台並列にし その出力を足す方法と、直列にしカスケ−ドで出力を増強する方法がある。今後、テイパ− ドウィグラ−の最適化とともに、この2つの方法について検討を詰めていく。

ディスカッション

夕食後のディスカッションでは少しお酒の入ったくつろいだ雰囲気の中で、ATF(Accelerator Test Facility)での開発研究を、今後どのように進めていくかについての率直な意見の交換があ った。ATFの重要性については誰も疑ってはいないが、JLCの早期実現を踏まえて、限られた 人手と予算でいかに効率よく進めるかには多少の意見の相違があった。今後FFTBのようにい ろいろと不足しているところを国際協力で補充して、相互にそれぞれの意義を高め合ってい くようにすべきであることに、ほぼ意見の集約をみたと思う。2晩目のディスカッションで は、いかに国際協力を進めるかについて議論した。先ず、1時間をこえる核融合の国際協力 の例の講演が、竹田誠之氏よりあった。1月に開催されるICFAでリニアコライダ−に関する 国際協力が提案されようとしている中でのディスカッションであり、さらに良い形が必要であ ろうということで意見が一致した。JLCに関しては、Bファクトリ−後の早期実現を目指し、 人手、予算の面でもできる限り今迄の延長線上で考えて、国内建設を最優先させることの重 要性が議論された。

最後に、このワ−クショップでは、最終収束系と衝突点付近の問題についての主要なものが 、網羅的に議論された。それぞれのところでいろいろな問題が提起され、あるものについて は解決され、また、あるものについては今後の研究にゆだねられた。日頃一つのものに集中 して研究していると、特に現在のように未だ開発の要素の多いとき、そのほかにどんな問題 があるのかにわからなくなることがよくある。そのようなとき、このようなワ−クショップ で意見交換をするのは、相互理解や一つのプロジェクトとしての一体感を持つ上で、ひじょ うに有効であると思う。従来、高エネルギ−物理は、反陽子、プサイ粒子(チャームクォ− ク)、Z/Wボゾンの発見など新しい加速器の出現と同時に発展してきたが、リニアコライ ダ−はその理想的なもののように思われる。夢をもった多くの若手のJLCへの参加を望みたい 。