衝突点での諸問題
ビームサイズ、強度、水平交差角、最終収束電磁石の位置と開口角そしてビームコリメーション方法などビームパラメータに関する最適化を、ルミノシティー、バックグランドなどの物理実験からの要請との整合性によって行うことを主な目的としている。したがって、主リニアックの出口より衝突点までのコリメーション・最終収束系ビームラインが最適化の対象となっている。
リニアコライダー特有な問題は、衝突点での超扁平で極少のビームサイズ(垂直/水平=3/260nm)と1電子ビームバンチ当たり1010個というひじょうなビーム強度に起因している。また、ビームプロファイルでのガウス分布の下にある一様なテール分布の存在である。これはSLCからの経験より、ビーム強度の1%程度のテールが存在するかもしれないと予想されている。
衝突点でのシンクロトロン光によるバックグランドを制御するためには、主リニアック直後でビームプロファイルを6sx x 40syにコリメートしなければならないことがわかった。このコリメーションセクションでの実際のビームサイズはミクロンメーターと小さく、これによってビームが影響されないために非線形光学の方法が考案された。コリメーションセクションの全長は、ビームエネルギー750GeVまで対応するように1,200mを必要とすることもわかった。
このコリメーションによる高エネルギーミューオン生成数そしてその実験に与える影響が研究され、それらの衝突点への到達する数を大幅に減らさなければならないことがわかった。この方法として、トロイダル電磁石を用いミューオンを吐き散らすミューオンスポイラーと磁化させた鉄パイプによりミューオンを減衰させるミューオンアテネータが考案された。前者の方法は、SLC実験の経験に基づきSLAC-NLCグループによって、後者は我々JLCグループにより研究された。我々の方法では、詳細なシミュレーションによって、85バンチより成り150Hzの繰り返しをもつ1パルストレイン当たり高々10個程度のミューオンが16x16x10m3の容積をもつ測定器を通過することがわかった。この程度のバックグランドであれば実験遂行上十分に許容できる範囲と考えられるが、さらにファクター10の安全係数を得ることが望まれる。このためには、上記の2つのハイブリッド方法による最適化の研究が必要である。
コリメートされたビームが最終収束系の電磁石群を通過するときに生成されるシンクロトロン光は、ひじょうにシャープな端のプロファイルをもつ。このために、直径13.7mmの開口を持つ最終収束電磁石を衝突点より2mの位置に設置することができる。しかしながら、衝突後のシンクロトロン光が通過中に磁極で散乱されないために、8mradの水平交差角が必要であることがわかった。SLAC-NLCグループは、通常の電磁石よりかなり小さい永久磁石を最終収束電磁石として用いることを提案し開発研究を行っている。この場合、シンクロトロン光が永久磁石の外側を通過するためには、20nrad程度の大きな水平交差角を必要とする。
一般に高エネルギー電子・陽電子衝突では2光子過程により低エネルギーの電子・陽電対が大量に生成される。通常これらの粒子は超前後方に散乱されるためビームパイプより外側に出ることはないが、リニアコライダーでは、大強度で扁平なビーム自身の作るひじょうに大きな磁場(約100テスラ)により曲げられ大角度に散乱される。この偏向角度はビームサイズに反比例し強度に比例する。生成される電子・陽電子対の数は1バンチ衝突当たり105個であるため、偏向角度があまり大きくならないようにビームパラメータを決定しなければならない。このことはビーム通過中にシンクロトロン放射される、いわゆるビームストラールング光の生成確率とも密接に関係がある。実験遂行上問題のないように、これらを十分に制御するビームの扁平率が決定された。実際には、横運動量が20MeV程度の電子、陽電子が大量に生成され、測定器のソレノイド磁場によりビーム軸に沿って輸送される。このため、これら粒子は最終収束電磁石の磁極に衝突し大量のX線を後方散乱させる。このX線を遮へいするために筒状のマスクが最終収束電磁石の回りに、それとすき間なくつながる円錐状のマスクが最終収束電磁石と衝突点の間に必要なことがわかった。中心飛跡検出器はこれらマスクシステムでよく遮へいされるが、ビームライン近くに置かれるバーテックス検出器でのバックグランドが問題となった。
これらの問題は次の2つのシミュレーションプログラムの開発によって詳細に検討された。一つは、電子と陽電子ビームの衝突をビーム粉砕(ディスラプション)などを詳しく記述し、大角度散乱角を含む電子・陽電子対生成をさせるプログラムでABELと呼ばれている。もう一つは、GEANTを基にしJLC測定器開発研究用のプログラムでJIMと呼ばれ、測定器や衝突点回りのマスクシステムなどの性能をシミュレートする。この結果によれば、実際に、中心飛跡検出器では1パルストレイン衝突当たり100個程度の孤立したバックグランドヒットがあるものと予想される。これは占有率では1%程度で測定器として問題はない。また、ビーム軸より半径方向に2.5cmの距離に置かれるバーテックス測定器の第1層目では3.6ヒット/mm2と予想された。この予想値は測定器性能の限界に近い値である。
今まで電子・陽電子対生成はやっかいもののバックグランドとして取り扱ってきた。それらはビーム自身の作る磁場によって散乱されたもののため、その散乱角度、エネルギー等を測定することにビームサイズなどの有益な情報を引き出せることがわかった。特に、注目されるのはそれらの方位角分布でその非対称度よりビームの扁平率を決定することができることがわかった。また、この分布より2つのビーム同士の垂直方向のズレなども見ることができる。これを利用したビームプロファイルモニターが提案された。これはCCD又はピクセルディテクターなどの2次元読みだしの半導体測定器である。この測定器の詳細なシミュレーションもABEL/JIMによって行われた。このとき、後方散乱されるX線によるバックグランドが存在するが、ヒットに付随し測定されるエネルギー損失量の下限を適当に設けることによりそれらを有効に区別できることがわかった。