光学系

リニアコライダーの設計目標は最大限のルミノシティーを最小限の消費電力で実現すること である。ルミノシティーはビームのバンチ当りの粒子数の2乗を衝突点でのビームの断面積で わり、単位時間の衝突回数を掛けた量に比例する。しかし、一方で消費電力に制限があり、 他方に衝突時に一方のビームが他方のビームに及ぼす電磁力に制限があると、実は L = cost. P h (1/sigma_x+1/sigma_y)とルミノシティーLは消費電力P、加速の電力効率h、 衝突点でのスポット・サイズsigma_x,sigma_yでほぼ決まってしまうことが知られている。

消費電力を与えられたものとすれば、後は加速の電力効率を高めることと、スポット・サイ ズをできるかぎり小さくする以外にルミノシティーを高くする方法はない。加速の電力効率 を高める手段としてはすでにのべてきた多バンチモード化および加速部での様々な新技術の 開発をおこなってきた。そのうえでさらにルミノシティーを高くするには衝突点でのスポッ ト・サイズを極小化する以外に道はない。この場合、上の式からも明らかな様に、水平・上 下両方向を同じように絞るよりは、一方向のみを大きく絞るほうがより効果的である。こう してJLCの基本戦略である偏平ビームの衝突が有力な方法として浮かび上がる。

では、このようなビーム収束の限界はどこにあるのか。KEKでは1984年から電子ビーム収束の 研究が続けられてきたが、その中で電子ビームの収束に伴うシンクロトロン放射によって定 まる原理的な収束限界があることを発見した(1988)。それによれば収束後のスポットサイズ はビームの不変エミッタンスだけで決まるある値よりも小さくすることはできない。スポッ ト・サイズそしてルミノシティはダンピング・リングで決まる不変エミッタンスにより制限 されてしまう。実際JLCではこの収束限界に近い値まで上下方向のスポット・サイズを小さく することを目標にしている。

JLCのように多バンチモードのリニアコライダーでは、衝突点においてすでに衝突したバンチ とこれから衝突するバンチの接触を避けることが至上命令である。そのために電子と陽電子 の軌道はある角度をつもって交差しなければならない。この角度の目安はバンチの長さに対 する水平方向幅の比であって(JLCの場合約5mrad)、これにくらべ大きい交差角を採用する と、ルミノシティが減少する。そこで特殊な偏向空洞を衝突点手前に置いてバンチを水平面 内で回転させる”crab crossing”という大変難しい方法を使わなければならないが、その 安定性をはかるのは容易ではない。JLCではこのような技術的困難が予想される方法を避け、 当初より、小交差角で可能な限り単純な光学系の設計とその最適化を進めてきた。

光学系設計は1984年前後から始まった。設計方針の古典的な骨組みはSLCへの必要性からSLA Cで開発されていた。しかしJLC等、バンチ寸法が飛躍的に小さくなるリニアコライダーでは より精密化する必要がある。そこで1988年以降日米協力の一環としてKEKのメンバーがSLACに 滞在し次世代の光学系の詳細設計を行ってきた。これにより現代的な光学系の確立にJLCグル ープは大きな寄与ができたと考える。この成果はまたSLACでの次世代の光学系を実地にテス トするためのFFTB施設の建設の発端になり、以降FFTBは国際協力実験として軌道に乗ること になった。

光学系の設計において大事な点は、(1)衝突点でのバックグラウンドノイズの原因となる エネルギー偏差やベータトロン振幅の大きすぎる粒子成分を除去するコリメーター部、(2 )色收差を極小にし、エネルギー偏差による衝突点でのビーム寸法増大を出来るだけ抑さえ る、(3)ビーム寸法を損なわず、衝突点までの直線距離を長く取ることを目標としながら 、最終収束Q磁石レンズにおけるウェーク場、放射光発生、粒子衝突等の問題を最適化する、 等である。主としてビームエネルギー250GeVの場合について、FFTBの光学系を土台に、上記 の点を考慮しながら研究をすすめてきた。現在の案では、リニアックにつづいて20mradの角 度をもつ1200m長のコリメーターを設け、その後に23mrad曲げ戻す600m長の最終収束部をつな ぐことになっている。結局、全長は1.8kmとなり、ビーム同志は6mradの角度で交差する。

コリメーターは、エネルギー偏差で±1.5%以上のものを除去する。そのために設けられる2 0mradの偏向部での放射光発生にともなうエミッタンス増大は僅少である。問題は横方向、と くに垂直方向のコリメーターである。バンチ厚みsigma_yの数十倍(200 micron m程度)以上を除去したい が、通常のコリメーターはビームによるウェーク場が強すぎる。そこで、SLACで考えられて いる、6極磁石を使った非線型光学系を採用することにしている。

色收差の補正は最も中心的な課題である。衝突点でのバンチ厚みsigma_yは3nmという小さい値に設 計している。しかし、光学系に必然的に存在する6極磁場成分その他に基づく色收差によっ て、バンチ寸法は実際には数百倍にもふくれあがると予想される。そこでFFTBと同じく、対 になった6極磁石を水平方向用と垂直方向用にそれぞれ用意し、補正をする。種々の試行錯 誤の結果、FFTBより進んだ設計指針を見いだし、きわめて広いエネルギー幅にわたって收差 が無くせるようになった。それは、一対の6極磁石はベータトロンの半波長間隔に置くが、 それぞれの位置での分散を非対称にしたことにある。この非対称性をうまく選ぶと、大変高 次の項の收差まで相殺できることが分かった。

最終収束Q磁石レンズについては、バンチが磁極を通過する時、誘起された鏡映電流によって 、エミッタンスが増大することを考慮しなければならない。これはKEKにおいて見いだされた 大事な問題であって、磁石口径をある程度大きくしつつ、上述の小さい焦点像を作り出さね ばならない。しかし、大口径ではビームにともなう放射光が磁極に当たる確率がへり、バッ クグラウンドノイズが低下する利点がある。また検出器までの距離も長くなって、モニター やシールド類が置きやすくなる。このような考察をへて、口径が、初期に考えられた1mm以下 のものから、約14mm(直径)と大幅に拡大し、製作が極めてやさしくなった。 最後に問題となるのは、各磁石の設定誤差の許容範囲である。シミュレーションをくりかえ して、磁石がずれたときの効果を見積っている。とくに問題となるのは、位置の誤差による 、衝突点でのビーム寸法の増大である。それを10%以下に抑さえるためには、かなりのQ磁石 について1 micron m以下に設置しなければならない。ただし0.1 micron m以下にする必要はなさそうである 。ビームを使ってこれを達成する方法であるとか、地盤振動の影響について具体的な考察が 進められている。

衝突点近傍の問題

TeV領域のリニアコライダ−の衝突点では、収束極限近くまで絞られたビ−ムの作る強いコヒ −レントな電磁場の影響が新たに問題となる。 この影響は次の2つに大別される。(1) −方のビームの作るコヒ−レントな電磁場中でのシンクロトロン放射による他方のビームの エネルギ−損失、すなわち 衝突時の有効ルミノシティ−の減少をもたらす。有効ルミノシ ティ−とは、エネルギ−損失のない時の重心系エネルギ−(ビ−ムエネルギ−の2倍)値で のルミノシティ−である。ここで放射されるシンクロトロン光をビ−ムストラ−ルング光と 言う。 (2)ビ−ムビ−ム衝突時、二光子交換過程によりひじょうに多くの電子陽電子ペ ア−が生成される。これら電子、陽電子の大多数は超前方に散乱されるが、上記のコヒ−レ ントな電磁場により強く偏向される。低エネルギ−の粒子ほどこの偏向角度が大きく、測定 器領域に入りバックグランドとなる。ビ−ムストラ−ルング光とビ−ム粒子との衝突による 電子陽電子ペア−も同様にバックグランドになる。このようにビームの作るコヒ−レントな 電磁場の大きさの制御が、有効ルミノシティ−を極大化し同時にバックグランドを極小化す るためにひじょうに重要である。これらのことを定量的、詳細に評価するために衝突点での ビ−ムビ−ム相互作用をシュミレ−ションするプログラムのABELがKEKで開発された 。

 ABELは、電子陽電子対生成として(イ)Bethe-Heitler過程:ビ−ムストラ−ルング光 子とビーム粒子(電子又は陽電子)の衝突によるもの、(ロ)Landau-Lifshitz過程:電子と 陽電子の衝突によるもの、(ハ)Breit-Wheeler過程:2つのビームストラールング光子の衝 突によるものの3つのインコヒ−レント過程を、2光子交換過程((イ)、(ロ)に対して equivalent-photon近似のよる)として計算する。この時電子陽電子は、電子質量/(陽)電 子エネルギ−の特徴的散乱角度をもつが、ABELでは大角度を含む全立体角で散乱する。 バックグランドとして問題となるのは低エネルギ−の電子陽電子であり、(イ)、(ロ)で は低エネルギ−の仮想光子交換が主な寄与を与える。JLCの場合、衝突点でのビームの上 下方向の拡がりが、(イ)、(ロ)の過程のインパクトパラメ−タ−とほぼ同じ大きさとな り、それらの断面積の幾何的な減少が起こる。またこれらの対生成はキロテスラオ−ダ−の ひじょうに強い磁場中で行われるので、上記の幾何的なものと同様の減少が起こる。これら すべての影響はABELで計算され、JLC−Iで電子陽電子対生成の断面積は、約50% 減少し、生成された電子陽電子は収束した相手ビームの空間電荷の作るクーロン場で偏向さ れる。 ビームストラールング光子はこのような強い磁場中で電子陽電子対を生成、いわゆ るコヒ−レント対生成、するが、ウプシロンパラメ−タ−が1以下のJLCでは、生成され た電子、陽電子のエネルギ−(ウプシロンパラメーターに逆比例)が高く偏向角がひじょう に小さくバックグラントとしては無視することができる。このためABELはコヒーレント 対生成を考慮していない。

 バックグランドとしては、生成された電子や陽電子が直接に測定器に入る−次的なものと 、それらが先ず前方の最終収束電磁石(QC1)等に衝突して後方散乱して測定器に入る二 次的なものがある。二次バックグランドの主なものは物質中電子陽電子消滅してできた50 0KeVの光子である。これら二次バックグランドを避ける方法として2つの衝突ビームの間に 大きい交差角(50ミリラジアンぐらい)をつけることが考えられるが、"crab crossing" という大変技術的に難しい方法が不可欠となるため、JLCでは小さい交差角(5ミリラジ アン)のまま適当なマスクを設置することで二次バックグランドを制御する。マスクの条件 は500KeVの光子を効率よく吸収することと、後方散乱される光子に対してできるだけ小さ い立体角を有することである。JLC−Iの場合、QC1の位置が衝突点より2.5mでありタ ングステンマスクをpolar angleで0.15~0.20ラジアンの所に円錐状に設置してこの条件を達 成することができる。この時バンチ衝突当り10^5個の光子が後方散乱されるが、マスク立 体角が10^−4であるため測定器中にはいる光子の影響は無視できる。これら光子とともに 10^4個の中性子も発生するが、そのエネルギ−が1MeV程度と小さく等方的に散乱されるた めにこれらの測定器への影響も無視できる。−次バックグランドの影響を最も強く受けるのは ビームライン近くに置かれるバーテックスディテクタ−である。−次バックグランドの運動量 が低いためこのバックグランド量はビームラインから半径方向の距離(r)の強い関数である。 例えば、JLC−Iでは2テスラの測定器ソレノイド中 r=2cmでバンチ衝突当り100のノ イズヒットを発生する。このためCCD等のピクセルタイプのものが唯一のものとなるが、 バーテックスディテクタ−はビームラインより2cmの所に置くことができる。r >30cmの位置 に置かれる中心軌跡検出器には、バンチ衝突当り0.2の−次粒子が検出される。

 このようにABELを用い定量的にビームビーム相互作用を評価し、ビ−ムストラ−ルン グをビ−ムの偏平化と多バンチ化で制御し、適当なマスクを衝突点付近に置くことによりバ ックグランド問題を解決し十分に高いルミノシティ−を達成できた。