高エネルギー物理に於ける
リニアコライダー開発研究計画について

第1次5ヶ年計画の報告

第2次3ヶ年計画の提案

1993年4月

高エネルギー委員会


高エネルギー物理学研究者各位殿

第2次リニアコライダー研究開発計画に付いて

1986年3月、高エネルギー委員長梶川氏(当時)より配布された 次期計画検討小委員会報告において、TeV領域のエネルギーフロンティア での研究を最重要課題とし、電子リニアコライダーの国内建設を目指して、 第1次5ヶ年開発計画が提唱されました。 これを受けて、高エネルギー物理学研究所の木村氏を中心にリニアコライダー (通称JLC)開発研究グループが組織され、精力的に開発研究を推進してきました。 五里霧中で出発した開発計画でしたが、その成果は目ざましく、全体システム案が 確立すると共に部品開発も進み、鍵となる技術の総合的な実証実験へと 向かいつつあります。 この成果は世界の加速器開発研究の第一線を行くものであり、高エネルギー委員会は、 此処までこぎ着けたリニアコライダーグループの努力と成果を高く評価するもので あります。

高エネルギー委員会としては、この成果を総括すると共に、 第1次開発計画提案以降の物理の発展を踏まえて、次段階の計画を練るべく 1993年1月28日高エネルギー物理学研究所研究本館レクチャーホールに於て、 リニアコライダーの物理及び5ヶ年にわたる加速器開発計画の報告会を兼ねた 拡大高エネルギー委員会を開催しました。 そこでの議論を踏まえ、引き続いて行なわれた第132回高エネルギー委員会で、 第2次開発計画の提案が行われました。その骨子は、過去5年間のトリスタン、 LEP、TEVATRON等での研究成果により「TeV領域の物理」の内容が 具体化されたことを受け、リニアコライダーが果たすべき役割はますます 重要となっていると判断し、計画の早期実現に向けて目標を一層明確にしたことです。 この冊子は、リニアコライダーの目指す物理と第1次開発の成果の総括報告に、 第2次開発計画の提言を付加したものであり、今後の高エネルギーコミュニティ の将来計画検討の基礎資料となるべきものです。

尚、この計画は、学問の必然性に基づいて次期目標を定めたものです。 このような大計画の実現のためには、長期にわたる準備期間中の研究者養成、 他分野とのバランスの配慮、国民的合意の形成等につき、周到な計画を 立てていく必要があります。

1993年4月1日

高エネルギー委員長
長島 順清



リニアコライダー(JLC)
の開発研究に関する提言

高エネルギー委員会は、1986年3月の次期計画検討小委員会の提言により 遂行された第1次リニアコライダー開発計画(1987−1991)の成果、 及びこの間に得られた素粒子物理学の新たな知見に基づき、 リニアコライダー早期実現に向けて、今後の目標と開発の進め方について 次のように提言する。

  1. リニアコライダーの第一期建設計画の目標を重心系エネルギー300−500GeV に置き、第一期計画完了後、エネルギーを1−1.5TeVに向けて増強する。

  2. 目標の早期実現を計る為、第1期開発計画(1987−1991)に引続き、 1993−1995年を第2期開発期間と定める。 そこでは、主要装置のプロトタイプの開発、制作とパラメターの最適化を行ない、 JLC実験施設の概念設計の完成を目指す。

  3. 第2次開発計画に於ては、試験装置ATF(Accelerator  Test Facility)の完成を最重点課題とする。 加えて、 ATFと相補的な外国の開発計画に協力すると共に、本開発計画への 外国グループの積極的な参加を求め、国際的な開発勢力の結集を通して 問題の解決に当たる。


リニアコライダー(JLC)開発研究成果報告
第一次5ヶ年計画(1987−1991年)のまとめ

I.総論

高エネルギー物理学は、物質とその間に働く力の究極の姿を探る学問である。 この探求は10**(−16)cmのミクロのレベルに達し、 物質を構成する基本粒子をクォークとレプトンとし、 力の根源をゲージ粒子とする新しい世界像、標準模型に結実した。 この模型は、現在までの全ての実験データを見事に記述するが、 その最も本質的な部分 (質量生成機構)の検証はほとんど手付かずの状態にある。 それは、理論的に必要とされるトップクォークとヒッグス粒子が未発見であることと 深く関係している。 これらの粒子の発見とその性質の詳細な研究が、標準模型の未知の部分を検証し、 それを超える新しい物理への突破口を開くことは明らかである。 近年のTRISTAN/Tevatron/LEP/SLCなどの 大型加速器による実験は、 新現象に到達しなかったものの、データーの蓄積と測定精度の向上を通して ゲージ力を検証すると共に、 次に探るべきエネルギーを規定する以下の重要な情報を提供した。

  1. トップクォークは必ず存在し、その質量は150GeV近辺である。

  2. 標準模型の基本パラメーターであるワインバーグ角は、超対称大統一理論 (SUSY−GUT)の予言値と非常に良く合う。 一般に大統一理論(GUT)では、 200GeV以下の軽いヒッグスの存在が不可欠である。
このような高エネルギー物理学の進展を踏まえ、JLC計画の第1期として 重心系エネルギー300から500GeVで初期ルミノシティー5x10**(32) 設計ルミノシティー5x10**(33)の実験を早期に開始することが 最も重要である。

ここでの主たる実験課題は、

  1. トップクォークを生成し、その質量、崩壊巾、強い相互作用の結合定数等を精度良く 決定すること、

  2. 高統計の偏極ビーム実験により、W粒子質量やゲージ粒子間自己相互作用定数を 精密測定すること、

  3. SUSY−GUTモデルで期待される軽いヒッグス粒子の有無を判定すること、 存在すれば質量、崩壊巾、分岐比などの測定によりヒッグス機構について 調べること、

  4. 軽いヒッグスが発見された場合、他のヒッグス粒子やSUSY粒子を探索し、質量等 の測定を通じてGUTエネルギー領域の物理を調べること、等である。

第1期JLCは、トップクォークやW粒子について他ではできない精密測定を 可能とし、標準模型の確立とそれを超える理論の探求のために、 決定的な役割を果たす。 また特に、ヒッグスやSUSY粒子に対して、ハドロンコライダーと相補的な 発見能力をもつものである。
これらの第1期JLCにおける研究成果は、第2期の1−1.5TeVでの 電子・陽電子衝突実験の課題をより具体的に明らかにするであろう。

一方、TeV領域を目指して進められてきた加速器の技術開発は目覚ましい進歩を 遂げつつあり、現在の要求目標と現実の技術レベルの隔たりは、 第一次5カ年計画開始当初に比べ格段に小さくなったと言える。
しかし、 リニアコライダーのシステム全体として見ると、 極めて大規模な加速器であるだけに、 より一層の開発努力と慎重な技術的検討が要求される。 特に高ルミノシティ達成に必要なナノメーター寸法のビームなどは、 現在の加速器レベルをはるかに越えたものであり、 超低エミッタンスの実現や、主リニアック中でのそれの保存について、 実証的研究が不可欠である。
今後の開発研究は、上に述べた物理の進展を踏まえて続行されるべきである。 そして、加速器建設に必要な現実面を重視した技術開発に 重点を移して行かねばならない。 第1期として考えられている300−500GeVの 比較的低いエネルギーの装置であっても、 1990年代後半に建設を開始するためには、 現実的な全体設計のための開発研究に かなりの努力が必要となる。

それを効率的に達成するためには、次のような方向づけをもった、 今後3年間程度の第2次開発計画を立てるのが適当である。

  1. パラメーターの最適化、特に主リニアック加速周波数については、 技術開発の進展に柔軟に対応しつつ、より組織的で精密な探索作業が 必要とされる。 それは、総電力、敷地、規模等に現実的な考慮を払いながら、 エネルギー増強の可能性に富んだ指針を与えるものでなければならない。

  2. ATFテストダンピングリング装置製作は、リニアコライダーに必須の 低エミッタンスビームを実証するものとして、最も重点的に 推進されなければならない。 これは我が国独自の計画であり、外国の活動と相補的であって、 その意義が非常に高い。

  3. 個別的R&Dのうち重要な高周波源および加速管については、 可能性のある周波数帯域 に出来るだけ一般的に通用するものでなければならない。 開発陣容やこれまでの経過から見て、 現状の技術開発を継続し、仕上げるのが効率的であろう。

  4. 双方向的な国際協力がますます重要となろう。 SLACのFFTBへの参加・協力が 本格的になっている一方で、ATFダンピングリングや高周波源等への外国からの 参加・協力が現実のものとなりつつある。特に低エミッタンス保存を、 今後の国際共同研究の重要なテーマとしたい。いずれにしても国際協力は、 JLC計画推進の 色々な局面において非常な貢献となるのは確実である。

このような方針のもとで第2次開発研究を強力に遂行することにより、 1990年代後半にリニアコライダーの建設を開始したい。


II.物理

II−1.概観

極微の世界の探求は、1940年代後半の加速器の出現以降急激に進展し、 「自然は、その究極において少数の物質粒子から成り、 単純な基本原理により支配される 世界である」との確信をもたらした。ここに言う物質粒子とは、 2種類のスピン1/2の粒子、 クォークとレプトン、であり、基本原理とはゲージ対称性の原理である。 ゲージ対称性は、物質粒子とその間に働く力のありかたを規定する。 このゲージ対称性として、SU(3)、SU(2)、U(1)を要求するのが、 標準模型である。 これは自然界の4つの力のうち重力を除く3つ、電磁気力、弱い力、強い力、 の記述に成功し、現在までの全ての実験結果を説明する。 しかしそれが模型と呼ばれているのは、その最も本質的な部分つまり ゲージ対称性を破り 質量を作り出す機構が、未検証のままだからである。

標準模型でこの機構を担っているのがスピンがゼロの基本粒子、ヒッグスである。 このヒッグス粒子間に作用する新しい相互作用により、 宇宙がその初期の高温状態から 冷却する過程で真空中にヒッグス粒子が擬縮し、 自発的にゲージ対称性が破れる。 ゲージ粒子や物質粒子の質量は、真空中に擬縮したヒッグス粒子との 相互作用により生じ、 凝縮密度とそれとの相互作用の強さで決まることになる。 WとZ粒子の質量に関しては、その相互作用が普遍的なゲージ力であるため、 予言が可能であった。 W/Zの予言どうりの発見は、標準模型の輝かしい成功の一つである。 しかし、クォークやレプトンの質量に関しては、粒子ごとに異なる強さをもつ湯川力 (ヒッグス粒子と物質粒子の相互作用)を仮定したに過ぎない。 その結果、標準模型の18個のパラメーターのうちの半分はこの湯川力の結合定数と なってしまった。

いずれにせよ、「ゲージ対称性と矛盾せずにW/Zやクォーク/レプトンの 質量を作り出すためには真空中に何ものかが凝縮し、 それがゲージ対称性を自発的に破っているはずだ」 ということ以外、何も分かっていないのが現状である。 質量生成の鍵となるヒッグス力と湯川力の解明には、 トップクォークとヒッグス粒子の 発見とその性質の詳細な研究が不可欠である。

さらに、標準模型では説明することの出来ないいくつかの本質的な問題がある。 「なぜ電荷は量子化されているのか?」「なぜ自然界にはいくつかの力があり、 異なる強さを持つのか?」等々。これらを説明するために提案された大統一理論 (GUT)は、クォークとレプトンの統一と3種の力の統一をもたらす。 しかしこの理論は、ヒッグス粒子の質量の量子補正が大きくなるという 問題を含んでいる。 これを解決するために導入されたのが超対称性(SUSY)であり、 同時に重力をも含めた、 全てのゲージ力の統一をも可能にする。 これら純粋に理論的な動機に加えて、現象論的には、 数100GeV領域に多くの新粒子 (軽いヒッグスを含む複数のヒッグス粒子、超対称粒子群)を予言することから、 超対称大統一理論(SUSY−GUT)は、標準模型を越える検証可能な理論として、 早くから注目されてきた。

最近のLEP等におけるワインバーグ角の精密測定結果、および、タウレプトンと ボトムクォークの質量比のSUSY−GUT理論の予言との驚くべき一致は、 間接的にではあるが超対称性を示唆する初めての実験的ヒントとして注目されている。 一方、SUSY−GUTは自発的対称性の破れを説明するために、 早くから重いトップクォーク の存在を予言していたことも見逃せない。 こうして、大統一理論が一般に予言する200GeV以下のヒッグス粒子、また、 超対称性が予言する他のヒッグス粒子やSUSY粒子の探索の重要性は、近年ますます 高まってきた。JLCはこの鍵となる粒子の存在に対し、 確実な答えを出せる加速器である。 第一期JLCの早期建設がますます大きな関心を集めている。

ヒッグス粒子の量子補正の問題を解決するもう一つの方法として、 ヒッグスが複合粒子である可能性も残されている。 その場合には、テクニクォーク(ヒッグスの構成子) によるTeV領域の共鳴状態と、もっと軽いボゾンの出現が予想される。 いずれにしてもLEP−IIを越えた領域の探索により、 新しい物理法則が明かになると 期待される。 このような高エネルギ−物理学の現状をふまえ、 JLCでの物理の検討が進められてきた。 国際的にも、リニアーコライダーでの物理の検討は、 1991年のフィンランドでの 第1回ワークショップなどを初めとして、多くの国際会議で注目を集めてきている。 「標準模型のゲージ力の部分が実験と良く一致しても、 ヒッグス力や湯川力の部分が正しいとは言えない」という立場に立って、 我々は各種ソフフトウェァ−の開発から始め、 まずトップクォーク、標準模型のヒッグス粒子、W/Z粒子の 自己相互作用等の物理の検討を進めた。 その後、SUSY粒子や別種ヒッグス粒子の探索の検討に進んだ。

II−2.トップククォークの物理

小林・益川によるトップクォークの予言以来既に20年近く経つが、 多くの加速器での精力的な探索にもかかわらず、未だ発見されていない。 しかし、

  1. TRISTANによるボトムクォークの微分断面積の測定から b−クォークに対をなすトップの存在が確実になったこと、

  2. 主に最近のLEPなどのデータの総合的な解析からその質量が 150±20±20GeVと推定されたこと、

等この間に電子・陽電子コライダーから重要な成果が得られた。 LEP−IIではトップの対生成のエネルギーまでは到達できないため、 第1期JLCはトップクォークを確実に生成し決定的な測定のできる ファクトリーとして極めて重要な役割を果たす。

このトップファクトリーでの物理は、今までのクォークの場合とは質的に 異なったものとなる。 重いトップの特徴は、その大きな崩壊巾にある。そのために、例えば、 トップクォークのしきい値付近の断面積は摂動論的QCDで記述される。 従って、軽いクォークでは閉じ込め効果の為に難しかった摂動論的なQCDの 検証が初めて可能となる。これはまた、しきい値付近のエネルギースキャンで、 基本パラメーターである、 質量、崩壊巾、強結合定数などの精密測定の可能性を示唆している。 トップクォークの質量については200MeV、 強い結合常数については ±0.002の高精度が期待できる。 全巾に対しても相対誤差20%で決定できる。

しきい値での断面積に対するQCDの寄与が摂動論的に計算できることの もう一つの意味は、それがQCD以外の寄与の測定をも可能とすることである。 重いトップは大きな湯川結合を持つと期待できるので、 ヒッグス粒子が比較的軽いときには、トップの湯川結合の測定が可能となる。 トップの湯川結合定数の測定は、ttH生成でも可能である。 統計を上げ、トップクォークの運動量測定、前後方非対称度の測定と組み合わせれば、 質量、崩壊巾、強結合定数、 湯川結合に対してさらに高い精度の測定ができる。 特に、強結合定数に対して、最終的には±0.001の精度が期待できる。 これは、標準模型を超える新しい理論を探るうえで、決定的な役割を果たすであろう。

大きな崩壊巾はまた、トップハドロンが生成されないことを意味する。 そのため、トップの偏極が、その崩壊後のbWの角分布から測定できることになる。 これは、トップ以外のクォークにはなかった著しい特徴であり、トップの生成および 崩壊バーテックスの構造を調べる際の強力な武器となろう。 トップクォークだけが他のクォークに比べ圧倒的に重いことを考えると、 トップが標準理論に無い相互作用をするとしても不思議ではない。 オープントップ領域でのこれらのバーテックスの精密測定も極めて重要である。

II−3.WとZ粒子の物理

従来の電子陽電子反応ではフェルミオン対生成が主であったのに比較して、 JLCではゲージ粒子生成の多くの素過程が現われることが特長である。 LEP−IIの100倍のルミノシティーと偏極電子ビームを生かし、 これらのプロセスをひとつづつ精度良く測定していく必要がある。

ゲージ粒子に自己相互作用が存在することは、標準模型の重要な予言のひとつである。 その寄与はあらゆる高次効果の関係する反応に現われるので、 今までのデータがよく記述されている事実により、間接的には証明されている。 しかし、4点や3点自己相互作用の高精度の直接的な検証には、JLCでの実験が 不可欠となる。 特に高エネルギ−ではゲージ相殺効果が強くなるので、 系統誤差の少ない高精度測定が可能となる。 また、電子陽電子反応ではニュートリノ以外の終状態の粒子を全て測定でき、 微分断面積だけでなくW/Z粒子の崩壊の角分布から偏極度を求めることが 可能になる。 500GeVでラムダガンマについて約3%、 カッパーガンマについては1%で決まる。 従って、ゲージ粒子の自己相互作用の最も厳密な検証に留まらず、 %のオーダーであろう高次補正に新しい物理の効果を探ることも初めて可能になる。

もうひとつの課題は、Wの質量の最高精度での測定である。 LEP−IIの100倍のルミノシティ−と、エネルギ−を比較的自由に 変えられるというリニアーコライダ−の特長を生かし、 定期的に91GeVでZ粒子による測定器の較正を行なうことにより、 10MeVの精度での決定が期待できる。 またZポール上での偏極ビームによるワインバーグ角の測定によっても、 同程度の精度が得られる。 標準模型の基本的なパラメーターであるWとトップの質量の精密測定は、 LEPにおけるZの質量測定同様、新しい物理を探る鍵となる。 例えばヒッグスが重くて第1期JLCで直接的に生成できない場合でも、 高次補正効果を利用してその質量を推定できる。 新種の重い粒子による効果についても、同様に高精度の議論ができるようになろう。

II−4.ヒッグス粒子の物理

標準模型では、自発的対称性の破れによりヒッグス粒子がフェルミオンと ゲージ粒子に質量を与えるとする。 その真空期待値は弱い相互作用の強さから1/4TeVと決まっているが、 質量に対する制限はない。 現在のところ、58GeV以上という実験的制限だけである。 一方、理論の適用範囲という観点でいくつかの議論が行われている。 例えば標準模型のくりこみ群方程式によると、重いヒッグス(200GeV以上) の自己4点相互作用はエネルギーと共に急激に大きくなり、 GUTスケール以下で発散する。 そのような場合には、GUTスケール以下のエネルギーでヒッグスの内部構造が 見えるなどの新しい現象が現われなくてはならない。 逆にSUSY−GUTモデルのようにGUTスケールまで適用可能なモデルが 成り立つためには、ヒッグスの質量が軽くなくてはならない。 最近の精密測定によると、3つの力がGUTエネルギ−で統一されることが 示唆されており、軽いヒッグスの探索はますます重要性を増している。

実験面では、LEP−IIではモデルによらず90GeV近くまでの ヒッグスの探索が可能であるのに対し、SSC/LHCでは、 SUSY−GUTモデルで予想されるヒッグスに対しては、 その探索可能領域は制限される。 第1期JLC計画では、モデルによらずヒッグス粒子を探索できる 電子・陽電子コライダーの特長を最大限に生かし、ヒッグスの探索領域を LEP−II90GeVから350GeVまでカバ−することが重要な課題である。

JLCのエネルギ−領域にヒッグスが存在した場合、e+e−−>Zh反応を 利用するとその検出は比較的容易である。 バーテックス測定器により、ボトムクォークを含むイベントを選別すると S/Nは向上し、初期段階のルミノシティーでも確実にヒッグスを検出できる。 しかもZのすべての崩壊モードに対応できる。

ヒッグス粒子候補の発見は第1歩に過ぎず、 その性質を決めることが大きな課題となる。 たとえLEP−IIなどで見つかっていたとしても、この課題は変わらない。 標準模型ではヒッグス粒子がひとつしかないが、 SUSY−GUTモデルでは複数個(h、H、A、H+、H−)が予言されており、 ヒッグスと他の粒子の結合定数も異なっている。 ボトムクォーク対などへの分岐比の精密測定は、JLCの独壇場となる。 またJLCで探索できる領域に、2個以上のヒッグス粒子が存在する場合もあり得る。

II−5.SUSY粒子の探索

軽いヒッグスの発見は超対称性を強く示唆するが、新たな法則の全貌を 明らかにするには超対称粒子の発見が不可欠である。 この場合、カラーを持たないチャージーノ、ニュートラリーノ、スレプトンは、 カラーを持つグルイーノ、スクォークよりも軽いという特徴がある。 これはくりこみ群方程式に対し最大の寄与をするQCDの効果が、質量を大きくする 方向に働くためである。 ハドロンコライダーでは、カラーを持たない超粒子の発見は困難で、グルイーノ、 スクォークの探索が中心課題となる。 一方、バックグラウンドの少ないJLCでは、 カラーの有無にかかわらず発見は比較的容易であり、軽い方のチャージーノ、 スレプトンが最初のターゲットとなる。 従って、ここでもリニアコライダーは、ハドロンコライダーと相補的な役割を 果たすことになる。

超対称粒子発見のさらに重要な意味は、それがGUTあるいはプランクスケールの 物理を解明する突破口となり得ることである。 超対称性の破れの源が、重力が重要な役割を果たす超高エネルギーにあると 考えられているからである。 この破れの機構を解明するためには、発見された粒子の質量や、相互作用を詳細に 研究する必要がある。 JLCそのために必要不可欠な装置となるであろう。 スレプトンやチャージーノ、そしてそれらの崩壊後現われる最も軽い超対称粒子 (LSP)の質量を1%以下の高精度で測定でき、また、 これらの粒子の生成微分断面積の測定も可能である。 こういう測定を通して、物理上の重要な仮定の検証ができるのは、 リニアコライダーにおいてのみである。 例えば、第一世代のスレプトン(セレクトロン)と第二世代のスレプトン (スミューオン)の質量測定は、超重力理論でのスレプトンの質量は 世代によらないという予言の厳密な検証となる。 また、U(1)のゲージーノ質量パラメータ(M1)とSU(2)のゲージーノ質量 パラメータ(M2)の精密測定も可能であり、これらの質量間の関係を 明らかにすることは、大統一理論の検証にとって決定的なものとなる。

ひとたび超対称性粒子が発見されれば、これらの測定からGUT、 プランクスケールといった超高エネルギーの物理を実験的に解明するための、 初めての現実的な一歩が踏み出せるのである。

II−6.1−1.5TeVでの物理

標準模型の決定的な検証とそれを越える物理の探索は、 第1期JLC計画で尽きないであろう。第1期計画で軽いヒッグスが発見されたら、 あるいはいくつかのSUSY粒子が発見されたら、更に多くのSUSY粒子の探索を 行なう必要がある。 既に触れたように、その質量や結合定数の精密な測定はGUTスケールの物理を 考える具体的な手掛かりを与える。 また、軽いヒッグスがなかった場合、重いヒッグスの探索とその精密な 測定が課題となる。 TeVの電子陽電子衝突では、数100GeVでの反応に比べて、 t−チャンネルのゲージ粒子の交換による反応の断面積が、 消滅反応よりも大きくなる。 従って、TeVの電子・陽電子コライダーは、ゲージ粒子の散乱、 特に縦偏極のゲージボソンを調べる最良の実験装置となる。

JLCが1TeV以上に到達できる時期は、 SSC/LHCによる重いヒッグス探索の後になるであろうが、 JLCでの研究なしにはヒッグス物理の解明は期待できない。 ヒッグスを色々な崩壊モードで調べることができるのが電子・陽電子コライダーの 特長である。 重いヒッグスの場合、 e+e−−>(ニュートリノ)(反ニュートリノ)W+W− 反応でハドロニック崩壊をした2対のWを捕まえることにより、1TeVまでの ヒッグス検出できる。 またヒッグスの質量如何では、 e+e−−>(ニュートリノ)(反ニュートリノ)t+t− 反応でも検出でき、この場合は、湯川結合に関する貴重な情報が得られる。

一方ヒッグス粒子が非常に重くなった場合には、巾と質量がほぼ同じになり、 不変質量分布のピークとして探索することは不可能になる。 しかし、その場合には縦偏極したW粒子の散乱位相の変化を調べることにより、 ゲージ対称性の破れの機構を調べることができる。 即ち、e+e−−>W+W−反応で生成する縦偏極したWとWの散乱振幅の 干渉により、Wのフェルミオンペアーへの崩壊分布に非対称性が生じるので、 縦偏極Wの散乱位相の変化を調べることができる。 1.5TeVでは約300fb−1の積分ルミノシティーでLow Energy  Theoremとの比較を行なうことができる。 いずれにしても断面積が非常に小さくなるので、ルミノシティ−としては 5x10**(34)以上が必要である。

II−7.今後の物理測定器グル−プの課題

以上述べてきたように、JLCでは多くの物理学上の成果が期待されている。 リニアコライダーの新たな特長として、ビームの最終収束系はナノメーターレベル での位置制御の為に測定器系と一体化され、ビーム衝突点回りの バックグランドシールドなどと合わせた注意深い設計が必要である。 加速器の高性能に相応しく、飛跡検出器、カロリーメーターともに既存の測定器の 一歩上を行く性能を目指している。 基本的には現在の技術の延長でこれらの性能の達成は可能ではあるが、 1990年代後半の JLC建設に歩調を合わせて開発研究を進めることが必要である。

一方、物理に関しては、引き続きより詳細な検討を進めることが必要である。 近い将来Tevatronでのトップクォークの発見は確実視されている。 トップクォークの質量が確定すればより多くの物理の可能性が開けてくるであろう。 また、より現実的な測定器のモデルにもとづいた物理の検討は、 測定器を設計する上で不可欠であろう。 このような作業をふまえ、加速器の第2期開発に平行して、JLC測定器の概念設計 の完成を目指さなくてはならない。


III.加速器

III−1.概観

TeVを目指すリニアコライダーのR&Dを始めるにあたり、

  1. 最も早く建設にとりかかれる道を探ること、

  2. それには既に確立された常伝導リニアック技術に基礎を置くこと、

を基本方針とした。 先ず問題となるのは、主リニアックの周波数の選択および高勾配加速である。 現に稼働中のリニアックは、いずれもSバンド(2.856GHzないし 3.0GHz)を使い、加速勾配は10MeV/m前後である。 JLCのためには、勾配を一桁近く上げ、それに伴う高周波電力増加を抑えるため、 高い加速周波数を選択しなければならない。 一次電力の上限は、現実的に供給可能と考えられる200MWとした。 一方、周波数を高めると高周波電力源(クライストロン)の技術が飛躍的に難しくなる。 そこで我々は、総合的見地からXバンド、SLAC周波数の丁度4倍の 11.424GHzが技術的に最適であると考えて開発を進めてきた。

我々にとり、Xバンドクライストロンや高勾配加速は全く新しい問題であった上、 Sバンドリニアックについても自由に開発研究できる場がなかった。 そこでATF(Accelerator Test Facility)として の実験スペースを設け、Sバンドリニアックの開発研究から出発した。 最初の目標を、既に存在する完成度の高いSバンドクライストロン (SLCの5045型60MW球)を移入してSバンド加速管での高電界試験を 始めることに置き、それに必要な変調器やコントロール系の製作・設置を進めて 実験場の整備を図っていった。 これらの投資は、Xバンドのクライストロンや高電場試験にも役立てることも考慮に 入れたものである。

一方、理論面ではこの線に沿って、諸パラメーターの最適化を始めとして、 衝突点でのビーム・ビーム相互作用の研究、最終収束ラインの光学系の研究、 主リニアック中でのエミッタンス増大の評価やその防止策の研究などが、 ATFでの実験的研究と並行して強力に進められた。

ATFにおけるSバンド高電界試験は所期の成果を収め、 またXバンドクライストロンの開発も本格化していった。 1987年以前に始まったレーザートロンの研究を引き継いだRF電子銃や 偏極電子源の研究も軌道にのり、最終収束系用Q磁石の開発も強力に進められてきた。 このようにATFのリニアック開発が順調に進んでSバンド技術がほぼ確立された ことにより、ATFでの中心課題はテスト・ダンピングリングの開発に移った。 ダンピングリングはJLCで要求される極低エミッタンスを生成する大変重要な 加速器要素の一つであるが、世界的にもこのような計画を持つ研究所はなく、 このリングの試作・研究の意義は非常に大きい。 現在これに向け、トリスタン用アッセンブリーホールの整備が進んでいる。

リニアコライダー加速器技術としては、ここで取り上げている常伝導リニアック 技術のほかに、超伝導空洞を応用するものと、 自由電子レーザーによる大電力高周波発生を使う、 いわゆる2ビーム加速器方式の二つが有力である。 KEKにおいても小規模ながらこれらの開発を行っている。

この5年間の過程で、国際協力が大きな役割を果たしてきた。 先ず毎年開かれる国際会議には、1987年から始まったSLAC−KEK リニアコライダー協力会議、米日露欧持ち回りで開く1988年からの リニアコライダー国際研究集会がある。 その上、その間を縫って小さい国際会議もたびたび開かれるようになった。 これにより情報交換が盛んになると共に研究者間の親密度が増し、 R&Dの進捗に計りしれない効果をもたらしている。 また日米協力事業に基づくSLACとの研究者の交換は、進んだ加速器技術を 学ぶうえで大変有益であった。 特にクライストロン開発は、5045球の設計資料無くしては 茨の道であったであろう。 理論関係の仕事では、我々の誇るべき貢献が多数あるが、 SLAC滞在中になされたものが多く、これも第一線の研究者間の意見交換が 重要であることを示している。

我が国での開発研究の主力はKEK加速器部のメンバーであり、 その数は約30名である。 物理部からは、電子源、衝突点の問題に関し、約5名が参加している。 放射光施設では入射器系、光源系より約5名が高周波技術全般について協力している。 共通系では、工作センターの数名のチームが加速管精密加工に鋭意取り組んでおり、 また放管センターからもATFにおける放射線安全について多大の協力を得ている。 各地の大学との協力も進み、特に偏極電子源については名古屋大のグループが 牽引力になっている。 その他に、約10名にのぼる総研大生、受託学生、協力研究員が参加している。

III−2.最適パラメーターの探索

JLCは多数の構成要素を含む巨大な複合体であり、 各構成要素間の関係が特に密接であるため、 一部の要素の設計パラメーターが遠く離れた要素の設計に大きな影響を与える。 主な構成要素は粒子源(電子源・陽電子源)、初段リニアック、ダンピングリング、 バンチ長圧縮器、中間リニアック、主リニアック、最終収束系である。 全体設計の基本となる一次的パラメーターは、最終エネルギー、 主リニアックの加速周波数および加速勾配、繰り返し周波数、 1パルス内のバンチ数、バンチ間隔、バンチ内の粒子数、 ダンピングリング出口でのビームサイズ等である。

これらのパラメーターは、主リニアックをXバンド、 その全長を10〜15kmとして、 総電力200MW以内で1x10**(33)/cm2/s以上のルミノシティを 達成するように選ばれなければならない。 その際、各要素での技術的要請による種々の制限が加わる。 例えば、1パルス内で発生できる陽電子数の上限、バンチ長圧縮器での圧縮比の上限、 主リニアックでのビーム不安定性、エネルギー幅の許容値、 最終収束系での設置誤差の許容量、色收差上限、衝突点におけるビーム放射 (Beamstrahlung)の許容量などである。 これらのすべての条件を満たした上で、ルミノシティを極大にするように 基本パラメーターを選択する必要がある。

開発当初(1987年度)は、Xバンド、ビームエネルギー0.5〜1TeV、 加速勾配100MV/m、パルス当り粒子数1x10**(10) 程度を想定していたが、 最適パラメーターを探索するプログラムの開発に努力してきた結果、 現在ではもっと広い領域での探索もできるようになった。 こうした最適化の計算と、各構成要素についての研究とが繰り返され、 多バンチ偏平ビームの根本方針は変化していないものの、最近のパラメーターは 当初のものからかなり異なってきた。 また最近の物理上の要請に応じてより低いビームエネルギー(150〜250GeV) も考察されるようになり、SバンドやCバンド(〜6GHz)の 主リニアックの最適化も計算の対象となっている。 当初のものからの主な変化は、加速勾配の低下 (周波数によるが約50MV/m以下)、 パルス当りのバンチ数増大(50〜80)、ルミノシティの目標値の増大 (5〜10**(33))などである。

III−3.電子および陽電子源

JLCの粒子数に関するパラメーターは、永らくバンチ当たり 1x10**(10)個、バンチ間隔1.4ns、 バンチ数20、繰り返し150Hzに固定され、 これを目標に開発が進められてきた。 電子源についてはATF建設の一環として、熱陰極カソードを用いる通常型の電子銃 の改良を図ると共に、新技術であるRF電子銃と、JLCの特長となる偏極電子源の 開発研究を進めた。陽電子源の研究では、精密シミュレーションが中心となっている。

通常型電子銃

通常型電子銃の改良は、JLCでの多バンチビームに対する要求をある程度満足させ、 ATFの初期実験のための確実な道である。 熱陰極カソードのエミッションについては、ほぼ満足できる性能が得られている。 重点的に開発してきたのは、250V以上で数100ps巾のグリッド電圧を 1.4ns間隔で作るグリッドパルサーである。 アヴァランシュ・ダイオード回路で2パルスを作ることに成功しているが、 パルス数を更に増やすことに回路上の問題があるので、大電力高周波増幅器で 直接パルス列を作る方式を開発中である。

RF型電子銃

RF型電子銃は、 電子源の段階でエミッタンスを非常に小さくでき、 サブハーモニック・バンチャーという複雑なシステムを省ける大きな利点がある。 レーザートロンの技術を引き継いでSバンドとフォトカソードで進めることとし、 1992年2月に初めてビームを得た。 カソードはSb−Cs系の直径16mmのもので、加速はSバンド単セル円筒型空洞 で行なった。照射用レーザー光のパルス幅は10ないし20ps、 パルス間隔は5.6nsである。 一回のマイクロ波パルス中に175個の光パルスが存在する。 一個の光パルス当りのエネルギーが0.15mJの時の放出電子数は 2.3x10**(10)であり、空洞により900KeVまでの加速に成功した。 これらは世界的にみて第一線の成果であるが、実用化までに多くの課題を残している。 量子効率がまだ3x10**(−5)と大変小さいこと、またカソードの寿命が 2〜3時間と短いことも問題である。 しかし、JLCのパラメーターを満足する粒子数を得たことは、 今後の開発に明るい見通しを与えている。

偏極電子源

偏極電子源も、早くから熱心に取り組んだ新技術のひとつである。 名古屋大学で基礎研究が遂行され、KEKとの共同研究へと発展している。 鍵となるカソード材として、格子不整合で内部歪を持たせたGaAsおよび 超格子構造GaAsを追及してきた。1991年4月には前者で86%の 偏極度世界最高記録を名古屋グループが達成し、 この線に沿って作られたカソードが SLCで長期間運転に常用されるまでになった。
KEKでは超格子構造GaAsで縮退を解くことを追及し、 歪格子とほぼ同様な結果を得ている。 以上のような成果をもとに、ATFの入射器で実用できる偏極電子銃の 製作に取り組んでいる。 解決すべき基本的な問題としては、寿命を延ばすことと100%の偏極度が 得られない原因を探ること等がある。

陽電子源

SLCの一桁以上の強度が要求されるJLCの陽電子源の開発に於ては、 数10GeVの電子ビームを金属ターゲットにあて、そこで発生する二次陽電子を 効率良く収集する通常型陽電子源を基礎とし、 目標強度を8x10**(11)/RFパルスと設定した。 この方式で強いビームを得るには、入射電子ビームの輝度又は陽電子収集効率を 上げる必要がある。 単純な入射電子ビームの輝度増強では、ターゲットでのパルス的温度上昇が 熱応力による破壊を引き起すため、目標の達成は困難であった。 しかし、プレダンピングリングを導入すると、陽電子収集効率を大巾に改善 できることが解かってきた。
現在では、入射電子のビームサイズを拡大してターゲットでのパルス的熱負荷を 抑さえつつ、下流側装置のアクセプタンスを増大させることで、 目標を達成する設計が可能となっている。 陽電子源開発の第1段階として、ATFの1.54GeVリニアックを 用いたプロトタイプの陽電子源を製作中である。

III−4.ダンピングリング

最終収束システムでビームをナノメーターまで絞るためには、偏平な断面の 極低エミッタンスビームを必要とする。 そのために用いるダンピングリングは、

  1. ビームの規格化エミッタンスを4 桁も小さくし、

  2. 主リニアックの繰り返し率150 Hzに対応できる短い減衰時間を持ち、

  3. 磁場の非線型性やミスアライメントに由来する垂直エミッタンスの発生を最小に 抑制できなければならない。
ダンピングリングの設計は1988年から始まり、 翌年に10名程度の設計検討グループが 結成された。1990年までの設計は、1.54GeVのエネルギーで運転される レーストラック型のリングであった。 2ケ所のアーク部はトリスタンなどで使われている最も簡単な FODO型ラティスで作られる。 また、直線部は入射及び取り出しのためのインサーション・セクション、 エネルギーを補うための加速空洞、及び減衰時間を短くするための 長いウィグラーから構成される。 1990年には、陽電子ビーム強度を確実に保証するために、 ウイグラーを持たないFODOラティスからなる小さな1.54GeV 前段ダンピングリング案を導入した。 その後、精力的なビームダイナミックスの検討及びビームシミュレーションにより、 特に主ダンピングリングについては、要素のモデル試験が必要であること、 などが明らかになった。

1991年には、アーク部の各セル内の2台の偏向磁石を1台にまとめ、 さらにこの偏向磁石に4極磁石のD成分を持たせて、 分散関数の値を偏向磁石の中心で 最小にできることを利用した、いわゆるFOBO型ラティスの良さが分かってきた。 水平方向のエミッタンスはほぼ偏向磁石内の分散関数の値の2次式で決まるので、 これは磁石数を減らし、ビーム軌道に沿っての自由空間を長く取れる 有効な方法である。 さらに、バンチ内散乱の検討からリングのエネルギーを1.98GeVに変更した。 現在、新しい設計方針に沿ったテスト用ダンピングリングの制作に 取り掛かろうとしている。 全体設計はほぼ完了し、その加速器要素の開発を進めている。

III−5.Sバンドリニアックの開発

JLCのダンピングリング用入射器、陽電子発生用電子リニアック、 並びに前段加速器には、 開発研究の当初よりSバンドリニアックをを想定していた。 そこでまず開発されたのが、1マイクロ秒運転で100MW、4.5マイクロ秒で 85MWの世界最大のピーク出力を持つSバンドクライストロンである。 このクライストロンの開発が約2年で成功したのは、KEKで開発された FCI(Field Charge Interaction) コードを用いた効率良い設計と、トリスタン用連続1MW  UHFクライストロンの開発を 通して蓄積された製造技術のたまものである。

ATFダンピングリング入射用リニアックでの加速勾配は、約33MeV/mである。 そのため、SLCで用いられているSLED方式の RFパルス・コンプレッション・システムを改良することとした。 すでに入力ピークパワー80MW、パルス巾4.5マイクロ秒において、 SLED空洞ピーク出力380MWが安定に得られている。

リニアックでは要素の精密な位置決めが大切である。 加速管のアラインメントを容易にするため、ジャケットの代わりに加速管空洞壁に 設けた複数個の冷却水チャネルで直接空胴を冷却する方式を採用した。 これはまた、計算機シミュレーションで正確なカップラー設計値を求めることで、 製造工程の短縮、コスト逓減にもつながった。 一方、加速管と収束電磁石の自動アラインメントを目的とし、 アクティブ・ムーバー付架台が開発され、 ATF入射リニアックの架台として使われる。 その位置測定システムは、ワイヤーとコイル型モニターを組み合せたもので、 垂直ー水平方向それぞれ±10mmの分解能を持っている。 こうして、全長約70mのリニアックを±50ミクロンメートルの精度で自動的に アラインメント補正することが可能である。

クライストロンでは、出力用のセラミック高周波窓が最も重要な部品の一つである。 1989年にはリング周回最大ピーク電力400MWのレゾナントリングが完成し、 Sバンド 大電力窓の開発が始まった。 セラミック材料として用いられる アルミナに不純物、 特に添加材を含まないものを使う ことにより、280MWに耐える 窓の開発に成功した。 加速管を通過した電力を吸収するダミーロードも重要である。 セラミック窓の損傷時に加速管内に冷却水が侵入するのを防ぐために、 導波管の外側を冷却する間接冷却方式のダミーロードが開発された。 現在、1.54GeV ATF入射リニアック用として、最大ピーク電力100MW 対応の実用器を製作中である。

III−6.Xバンドクライストロンの開発

大電力高周波源は、JLCにとって最大の問題である。 JLCに向けたレーザートロンそのものは高周波電力源としての限界が理論的にも 明らかになり開発を中断したが、この研究のなかで電子の運動と高周波電磁場の 相互作用を統一的に記述する FCI(Field Charge Interaction) コードが開発された。 このコードは、世界的にも今や大電力クライストロンの設計に 欠かせないものとなっている。
我々は比較的初期の段階で、正統的にクライストロンの開発を進めることが技術的に 最も見通しがあると考えた。 そして電圧と、パーヴィアンス (電子管において、電流がChild−Langmuir則 に従って電圧の3/2乗に比例する時の、その係数)の両方を 適切に高める方針をとり、100MWのXバンドクライストロンを 目標として基本的な段階から系統的に開発を進めてきた。
クライストロンの開発では、電子銃、出力系統とくにセラミック窓、 そしてビーム・高周波相互作用という三つの大きな問題に取り組まなければならない。 とくに日本で開発されたクライストロンは、 例外なしに電子銃の耐電圧の問題に悩まされた。 そこで高電圧で安定に働く電子銃の開発を第一にし、 残る問題を順番に解決していくこと、 初めから100MW級を狙う無理はせずに、30MW級という中間段階を置いて 性能の諸限界を確かめつつ進む方針をとった。

30MW級管(XB−50シリーズ)の開発

  1. XB−50D管−−−電子銃部をテストするためのダイオード管
    1987年に設計を始めたこの球の目的は、40%のRF変換効率を考えて 80MWのビーム電力を達成すること、 電子銃まわりの耐電圧特性の限界を見極めること、 新しいイリデューム膜ディスペンサー型カソードをテストすることの三つにあった。 この球は1989年春に納入され、同年秋から翌年春にかけてテストされた。 3マイクロ秒巾のパルスを2Hzで印加し、 わずか70時間で480kVまで到達した。 430kVで100Hzの繰り返しの時の故障率は、105回に1回であった。 パーヴィアンスも最高電圧までほぼ設計値どうりだった。
  2. XB−50K管−−−最初の30MW級クライストロン
    XB−50D管の成功に続く最初のクライストロンであり、電子銃に関しては、 ビーム収束性を損なわずに電極表面電界の最高値を XB−50Dの71%まで逓減した。 ドリフト管の設計はFCIによって行ない、計算では高周波利得53dB、 変換効率45%である。
1990年夏の最初の高電圧動作テストでは、ビーム電圧は350kVまで達し、 出力が11MWの時点でセラミックの破損と真空漏れが起きた。 そこで窓を、導波管断面よりひとまわり大きい円筒の中にセラミック円板をはめ込む ピルボックス型に改良し、1991年夏に2回目のテストを実施したが、18MW の出力を得た時点で単独のテストを中断し、 次のXバンド加速管高電界テストに備えた。 この高電界テストは、1992年春から秋にかけて行なわれた。 そこではマイクロ波パルス長50ないし100ns、繰り返し数10Hz、 出力20MW前後の条件で、延べ6x10**(7)、600時間にわたって 順調に運転できた。 最高記録はビーム電圧470kV、ビーム電流170A、 50nsパルスで25MWのピーク出力である。 中規模の球として十分実用に耐えることが証明されたが、問題が2つある。 600時間の使用後、窓の輝点が著しくなった。 窓の寿命をあと一桁延ばすことが重要な課題である。 もうひとつは効率であり、25MW出力時の32%に対し、 FCI計算では40%である。これから解明すべき課題である。

100MW級管(XB−72K)の開発

XB−50Kの経験で電子銃の耐電圧に見通しがついたので、 パーヴィアンスは控えめに設定し、カソード直径は72mmとした。 電子銃電極表面電界の最高値は273kV/cmと低く、 XB−50Kにくらべて40%近い低減である。 空洞数はXB−50Kと同じ5個である。 出力空洞には、表面電界を低くするためにノーズコーンの無いものを採用した。 XB−50Kでは30MW出力レベルで1MV/cmに達するが、 ここでは120MWレベルでも720kV/cmである。 窓の構造はXB−50Kを踏襲したが、出力が大きいので数を2つとした。 従って、空洞にはビーム軸に対称に2つの出力ポートが設けられ、 出力空洞での電磁場分布の対称性が極めて良くなると期待される。 FCIの計算ではビーム電圧550kV時に、出力120MW、効率45%、 利得55dBとなっている。

1号機は1992年1月に納入された。 4月にテストを開始し、繰り返し2Hz、ビーム電圧430kVで、 マイクロ波出力が100ns巾で22MWに達した。 この時破損した電子銃セラミック碍子を交換し、再度テストに入ったのは 1992年8月からである。 なお、ドリフト管径はビームよりわずか2mm程大きいだけであるが、 交換時の目視検査では、管内にビームによる「かすり傷」は無かった。 ビーム電力は145MWにも達し、設計どうりの軌道が実現されていたと考えられ、 今後の大電力管の設計に明るい見通しをもたらすものである。

2度目のテストでは電圧は順調に上がった。 12月現在、4ないし25Hz運転でビーム電圧が600kVに達しているが、 パーヴィアンスは設計値どうりである。 ビーム電力としては335MWまで問題なく到達したことになる。 マイクロ波出力の最高記録は570kV、50ns長のパルスで78MWであり、 この時点で出力窓が破損した。 効率は約26%でなおFCIシミュレーションと12%の開きがあるものの、 これでマイクロ波出力としてはVLEPPやSLACと肩を並べ、 電圧ではSLAC十分に越えた。 今後、電圧を650kVまで上げることがひとつの目標であるが、 出力窓の耐電力化が重要な課題である。

その他の研究開発項目

  1. 大口径窓
    大電力クライストロンの寿命を決める最大の要因は出力窓に絞られてきた。 これを解決するには、電磁場密度の低減につながる構造の研究と、 材料やその処理方法の開発を更に進める必要がある。 特に前者については、各研究所で大口径窓についてのアイデアが出されており、 KEKでも重要なテーマとして研究を進めている。

  2. RFパルス圧縮
    我々は空洞共振器を使うSLEDシステムをXバンドに応用し、 加速管高電界試験に有効に活用している。 波形を平坦に改良するものには、SLACで発明された伝送線を使う SLEDII、ロシアで考案されたオープンキャビティー法もある。 パルス圧縮は重要な技術であるが、いずれにしても受動素子なので 開発には楽観的である。

  3. 収束コイルの省電力化
    Xバンドクライストロンでは収束磁界が高く、電磁石の電力の方が クライストロンそのものの平均電力より大きくなる問題がある。 しかしこれは超伝導コイルで解決される筈で、現に国産のTWTや ジャイロコンに応用例がある。

  4. 変調器
    クライストロンに高電圧パルスを供給する変調器では、巾にくらべ十分短い 立ち上がり時間のパルスが望まれる。 しかしこれは、電圧が高くなるにつれパルストランスの昇圧比が上がって困難になる。 そこで、非線型磁気素子やブルームライン回路の応用を進めている。 もうひとつの問題は、クライストロンに比べて高価なことである。 これも実際にコライダーを建設するまでに、是非解決しておかなければならない。
III−7.加速管の開発

ATFでのSバンド加速管高電界試験の準備は、1987年に始まった。 電力はSLACから搬入予定のSLC5045球をたばねて200MW を合成し、シャントインピーダンスを意識的に高めた短い加速管で、 平均加速電界100MV/m達成を目標とした。 これは1990年にほぼ達成され、Xバンド加速管での同様な実験にひきつがれた。 Xバンドでは、クライストロンXB−50Kの完成を待って1992年に KEKおよびCERNの加速管をテストし、既に成果が得られている。

高電界試験

Sバンドにおける高電界試験は、1987年以前にも放射光入射器の クライストロンを利用したレゾナントリングで行なわれ、 100MV/mを越える平均加速電界を達成した。 ATFで使用したのは、入出力カップラーも含め66.5cm長の 定勾配型の加速管で、195MWの入力時に加速電界が100MV/m になるよう設計されている。 800時間のコンディショニング後に、加速電界91MV/mに相当する 160MW入力に達した。 そしてFowler−Ncordheim則で整理した 電界増大係数b(表面電界が、完全に滑らかな表面の場合にくらべ 突起等によって増大する倍率)は、SLACと同程度のほぼ50まで低下した。

Sバンド技術上、更に重要な意味を持つのは、 このシステムで高勾配加速もテストしたことである。 70MV/mの加速勾配を作り、0.9A、c0.2msの電流を 39MeVまで繰り返し50Hzで加速した。 パルス当り9x10**(11)個、バンチ当り1.6x10**(9) 個の電子を高勾配加速したことになるが、ビームローディングも計算と一致している。

Xバンドでの実験は、22セルの18.4cm長加速管を使い、 1992年春に行なわれた。 約600時間コンディショニングで、c5.4x10**(7)パルス 印加して入力電力レベルが18MWとなった。 これは平均加速電界で68MV/m、最上流部の加速電界で 78MV/mに相当する。 ひき続き1992年9月に、CERNで製作した全く同じ構造の加速管を テストしたが、我々のものにくらべコンディショニング時間、 暗電流とも一桁小さかった。 一方、クライストロン側には別に用意していたXバンドSLEDを挿入し、 ピーク電力を30MW以上に持ち上げることが可能になっていた。 これを応用し最上流部の加速電界で100MV/mを順調に越すことができた。 このように高電界加速は成功したが、使ったKEKのSバンド、 Xバンド加速管は共にSLAC、CERNのものにくらべ表面状態が劣っている。 KEKのものは日本の会社での一般的な製造方法によるものでり、 品質管理を十分に見直す必要がある。

エミッタンス増大防止

JLCの多バンチ加速のためには、BBU(Beam Break−up) を起こす横方向モード、特に危険なTM110モードの外部Q値を10程度まで 下げる必要がある。KEKでは三種の空洞を研究している。 これらの仕事ではMAFIAコードによる外部Q値の計算が必須であるが、 我々は1998年の当初からコードを開発し実用化してきた。

  1. 減衰型空洞
    基本構造は、ca/l=0.17a/l(lは加速周波数の波長)で ディスク口径 2aが与えられる加速管である。 横方向モードの低いQ値を得る上で、加速モードの内部Q値や r/Q(rは単位長あたりのシャントインピーダンス)が、 ポートを設けても著しく劣化しないことが条件である。 従って外部導波管の遮断周波数を、加速周波数よりも高くする。 最も危険なTM110モードの外部Q値は約10まで下がることが分かった。 この時、ポート4個による加速モードの内部Q値およびr/Qの劣化は各々 16%、4%であり、実用的な範囲にある。

  2. 離調型空洞
    加速モードの共振周波数を一定とし、横方向モードのそれをセル毎に変え、 そのインピーダンスが重畳しないように工夫したものである。 メッシュ数が膨大で電磁場計算コードは使えないので、 等価回路による計算が行われる。 全巾1.7GHzで切断したシグマが0.35GHzのガウス分布の離調 を持つ加速管では、バンチ位置でのTM110モードのウェーク場が 1/100程度に下がる。そのインピーダンスから見て、十分な減衰量である。 バンチ数が90まで増える時は、 異なる分布を持つ数種類の加速管を組み合わせれば良さそうである。

  3. チョーク型空洞
    これは1992年にKEKで考案された。 セルの円筒部を一周にわたり完全に切り離すという、大胆な構造である。 この開口部が放射状導波管となり、電磁場エネルギーを外部へ伝送する。 予備的な計算やモデル空洞テストでは、殆どの高調波モードがほぼ完全 に減衰されることが示された。 加速モードの電磁場エネルギーを逃がさないために、 放射状導波管の途中に加速モード周波数に合ったチョークが設けられる。 問題はこのチョーク付き放射状導波管による加速モードの内部Q値や r/Qの劣化であるが、やはり予備的な計算によると、 上述の4ポート減衰空洞と同程度であって、十分に実用に耐える。 大電力試験用のモデル空洞の開発が急務である。

精密加工技術

加速管は電子管用高純度OFHC銅 (Oxygen Free High Conductivity Copper) で作られる。 特にXバンド加速管の場合、非常に高精度の加工が必要である。 具体的には、寸法精度で1ミクロンメートル以下、 表面荒さでその一桁以下の切削技術であるが、 産業界では極めて柔らかいOFHC銅を対象とした要求は殆どない。 そこで工作センターの協力を得て研究を進めている。 現在までに100個以上のセルを製作したが、加工寸法のばらつきは、 セル内径、円筒深さ共に±0.5ミクロンメートル程度にコントロールされている。 また円板平面度は0.5ミクロンメートル程度に仕上がっている。 今後の課題は、実現した加工精度をできるだけ維持しながら接合することである。 そのために拡散接合等の方法を検討中である。

III−8.最終収束システム

光学系

JLCの設計目標は、最大限のルミノシティーを最小限の消費電力で 実現することである。 実際のルミノシティーLは、消費電力P、加速の電力効率h、 衝突点でのスポット・サイズ シグマx*、シグマy*、により、 L〜Ph/(1/シグマx*+c1/シグマy*)でほぼ決まる。 この場合、水平・鉛直方向の一方のみを大きく絞るほうがより効果的である。 また次節に述べるビーム間相互作用の点からも偏平ビームが必要とされる。 KEKでは1984年から電子ビーム収束の研究を続けてきた。 その中でビームの収束に伴うシンクロトロン放射によって定まる原理的な 収束限界があり、強力な最終収束Q磁石を使用しても、 収束後のスポットサイズはビームの不変エミッタンスだけで決まる ある値よりも小さくできないことを発見した(1988)。 実際JLCでは、この収束限界に近い値まで鉛直方向のスポット・サイズ を小さくすることを目標にしている。 光学系設計は1984年前後から始まった。 光学系の古典的な骨組みはSLACで開発されていたが、 バンチ寸法が飛躍的に小さくなるJLCではより精密化する必要がある。 そこで1988年以降、日米協力の一環としてKEKのメンバーが SLACに滞在し次世代の光学系の詳細設計を行ってきた。 この成果はSLACでの実地テスト提案の発端になり、 以降FFTBは国際協力実験として軌道に乗ることになった。 光学系の設計において大事な点は、

  1. 衝突点でのバックグラウンドの原因となるエネルギー偏差やベータトロン 振幅の大きすぎる粒子成分を除去する(コリメーター部)、
  2. 色收差を極小にし、エネルギー偏差による衝突点でのビーム寸法増大を防ぐ、
  3. ビーム寸法を損なわず、衝突点までの直線距離を長く取ることを目標としな がら、最終収束Q磁石レンズにおけるウェーク場、放射光発生、粒子衝突等 の問題を最適化する、等である。

上記の点を考慮しながら、主として250GeVビームの場合について 研究を進めてきた。現在の案では、リニアックに続いて20mrad の角度を持つ1200m長の「コリメーター」を設け、 その後に23mrad曲げ戻す600m長の最終収束部をつなぐ。 結局、全長は1.8kmとなり、ビーム同士は6mradの角度で交差する。

コリメーターは、エネルギー偏差で±1.5%以上のものを除去する。 バンチ厚みシグマyの数10倍(200ミクロンメートル程度) 以上を除去するため、6極磁石を使った非線型光学系を採用する。 色收差の補正は最も中心的な課題である。 JLCでは、一対の6極磁石はベータトロンの半波長間隔に置き、 それぞれの位置での分散を非対称にうまく選ぶことによって、 高次の項の收差まで相殺できる。

最終収束Q磁石レンズについては、バンチが磁極を通過する時、 誘起された鏡映電流によるエミッタンス増大を考慮しなければならない。 これはKEKにおいて見いだされた大事な問題であり、 磁石口径をある程度大きくしつつ、上述の小さい焦点像を作り出さねばならない。 現在の設計では、口径が初期に考えられた1mm以下のものから 約14mm(直径)と大幅に拡大し、製作が極めてやさしくなった。

最後に問題となるのは、各磁石の設定誤差の許容範囲である。 シミュレーションを繰り返して、磁石がずれたときの効果を見積っている。 特に問題となるのは、位置の誤差による、衝突点でのビーム寸法の増大である。 それを10%以下に抑さえるためには、かなりのQ磁石について 1ミクロンメートル以下に設置しなければならない。 ただし0.1ミクロンメートル以下にする必要はなさそうである。 ビームを使ってこれを達成する方法や、 地盤振動の影響について具体的な考察が進んでいる。

最終収束用四極磁石開発

Q磁石の口径は大きくなったが、ビームのエネルギーおよび衝突点での寸法を 考えると、磁場の勾配、精度は大変厳しい仕様になり、新しい開発要素が多い。 この開発研究が本格化したのは、1989年にFFTBでの最終収束の Q磁石をKEKが受け持つことになってからである。

FFTB用では特に最終磁石QC1およびその手前のQX1が技術的に難しい。 QC1の仕様は全長1.1m、口径13mm、磁場勾配180T/mである。 一方、QX1では全長30cm、口径20mm、磁場勾配140T/mである。 磁場の精度については、六極成分が0.01%、八極成分は0.1%以下が 要求される。 前者のためには、磁極先端部の加工と磁極の組立誤差を1ミクロンメートル 以下にしなければならない。 八極成分に関しては、加工組立誤差は約一桁緩く2ないし3ミクロンメートル 程度になる。 現在の技術では前者の要求を満たせないので、加工組立精度で八極成分 への要求を保証し、六極成分は各極に巻かれたトリムコイルを独立に励磁して 消す方針を採用した。

磁石本体の製作と平行して、その架台の開発も熱心に進められた。 数トンにもおよぶ磁石を支え、しかもナノメートルの位置精度に対応 できなければならない。 そこで、駆動系として強力なステップモーターと微調用のピエゾ素子を併用、 変動の測定にはレーザー干渉計、マイクロセンサー等を使用して、 6次元の位置変位に対応できる架台を開発した。 特に1Hz以下の振動成分を20dB以上減衰できている。 これらのQ磁石と架台は1992年にKEKでの試験を終了し、 FFTBに運び込まれている。 さて、FFTB用の磁石開発の過程で、磁場測定が問題となってきた。 最も精度の上がる回転コイル法を使うが、0.01%オーダーの高調波成分 を精度良く割り出すことが非常に難しい。今後解決すべき大きな課題である。

III−9.衝突点におけるビーム間相互作用

ビーム間相互作用のシミュレーションコード

JLCではビームを極端に小さく絞るため、衝突点でのビーム間の相互作用は、 リング型コライダーとは質的に違う。 まず強いクーロン力のため衝突中にビームは大きく変形し、ルミノシティ、 ビーム偏向角等は単純に幾何学的に求めたものと顕著に違ってくる。 このためシミュレーションコードABEL (Analysis of Beam−beam Effect in Linear Colliders) を1984年に開発した。 後述するビーム放射を避けるため、ビームを寸法比が1:100以上の 偏平なものにする必要があり、ABELによるシミュレーションは、 主に偏平ビームについて行われた。

古典的現象(ビームの変形)に関する主な結論は、

  1. 円形ビームの場合、ビーム変形によるルミノシティの増大は5倍以上になるが、 偏平ビームでは高々2倍程度にしかならない。
  2. Disruption Parameter が3〜50の範囲にあれば、自乗平方根ビーム寸法の3〜5倍のずれがあっても、 クーロン引力のためルミノシティ低下は少ない。
  3. 衝突時のずれのためビーム重心が蹴られるが、これはビーム相対位置の モニターとして用いることができる、などである。

次にビームの作る磁場が数1000テスラに及ぶため、 ビーム放射によるエネルギー損失が無視できない。 しかも放射の臨界エネルギーがビームエネルギーと同程度になるため、 量子力学的なスペクトル公式を使う必要がある。 ABELは当初から量子力学的公式を用いた放射のための乱数発生ルーチンを持ち、 近年までビーム変形と放射を同時に追跡できる世界唯一の計算機コードであった。 これによって放射によるビームエネルギー分布の変化、微分ルミノシティへの影響、 放射光子による(電子・光子)、(光子・光子)等のルミノシティなどが 詳細に計算できるようになった。

ところで発生した光子は更に種々のQED反応を起こす。 このため次に述べるように各種の機能がABELに追加された。

衝突点でのバックグランドの問題

JLCの衝突点では、収束極限近くまで絞られたビ−ムの作る、 強いコヒ−レントな電磁場での電子対生成が新たに問題となる。

ABELは、

  1. Bethe−Heitler過程:ビ−ム放射光子とビーム粒子 (電子又は陽電子)の衝突、
  2. Landau−Lifshitz過程:電子と陽電子の衝突、
  3. Breit−Wheeler:2つのビーム放射光子の衝突、

の3つのインコヒ−レント過程を、計算する。

こうして発生するバックグランドには、生成された粒子が直接に 測定器に入る−次的なものと、前方の最終収束電磁石等で散乱されて 入る二次的なものがある。 一次バックグランドは横方向運動量の小さい電子(陽電子)で、 測定器のソレノイド磁場を2テスラ以上にすると、大部分をビームライン側に 閉じ込めることができる。バーテックス検出器がこの影響を最も強く受けるが、 ピクセルタイプのものであれば、ビームラインから2cmの所に置ける ことが分かった。 中央飛跡検出器には、バンチ衝突当り0.2個の−次粒子が検出される。

二次バックグランドの主なものは、物質中での陽電子消滅による 500KeV光子であるが、適切なマスクで防ぐことができる。 同時に10**(4)個の中性子も発生するが、そのエネルギ−が 1MeV程度と小さく等方的に散乱されるため、測定器への影響は無視できる。 このようにABELを用いて定量的にビーム・ビーム相互作用を 評価することにより、JLCに特有なバックグランドとそれへの対策も 明らかとなってきた。

III−10.ビームモニター

数ナノメーターのビーム位置およびサイズを計測する技術を実現するために、 マイクロ波空洞を用いたビーム位置モニターと、 干渉レーザー光とビームのコンプトン散乱によるビームサイズモニターの開発が 進行中である。 特に後者はFFTBの最終収束部に設置する事になっており、 設計値の60nmのビームサイズを測定することを目指す。 そのレーザー光学系架台は最終収束Q磁石の架台に取付けられ、 レーザー室から運ばれた光をその上で組み合わせ種々の間隔をもつ 干渉縞パターンを作り出せる様になっている。 その格子状干渉パターン上でビームをスイープさせる事により、 コンプトン散乱ガンマ線は強度変調をうけ、干渉縞間隔と変調度から ビームサイズを決めることができる。 このモニターは1993年春の稼働を目指して製作中であり、 既にその光学系を用いた干渉縞生成は確認済みである。

ビーム位置モニター候補は、マイクロ波空洞のビーム偏向モードを 利用したものである。 現在このための空洞の設計ならびにコールドモデルの試作が行われており、 ビーム偏向モードに混じって検出される同相モードを抑える研究が進んでいる。